2026年2月末、世界は歴史的な転換点に立ち会うことになった。米国とイスラエルによる対イラン共同軍事作戦「エピック・フューリー(壮大な怒り)」。この一報は、単なる中東の局地紛争ではない。米国の「戦略的矛盾」と「歴史認識の欠如」が招いた、極めて危険な賭けだ。
地政学的な視点から、今回の事態が内包する4つの「歪み」を解き明かしていく。
「アメリカ第一主義」を飲み込むイスラエルの影
今回の攻撃において、最大の謎は米国の動機だ。トランプ政権が掲げる「アメリカ第一主義」の根幹は、泥沼の中東紛争から撤退し、国内に資源を集中させる孤立主義的リアリズムだったはずである。だが、今回の決断はその理念と真っ向から矛盾している。
この「ちぐはぐさ」を読み解く鍵は、イスラエルの圧倒的な影響力にある。シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授らがかつて考察したように、「イスラエル・ロビー(AIPAC等)」の威力は米国の外交政策を歪めるほどに強力だ。政治献金や選挙ネットワークを通じた圧力は、米国の政治家にとって「生存本能」に訴えかける。
イスラエルにとって、イランの核・ミサイル能力は「存亡の危機」そのものである。彼らは自国の安全保障のために、米国の軍事力を「代行者」として引き出すことに成功した。米国は、自国の国益よりもイスラエルの戦略的要請を優先してしまったと言わざるを得ない。
1953年「アジャックス作戦」の亡霊
トランプ大統領はイランの反体制派に向け、「今こそ立ち上がれ」と自由を説いた。しかし、この言葉はイラン国民の耳には「支配の再来」としか響かない。
私たちは、1953年の「アジャックス作戦」を想起すべきである。当時、石油国有化を掲げ、民主的に成立したモサデク政権をCIAと英情報機関がクーデターで転覆させ、親米のシャー(パフラヴィー2世)を復権させた。この介入こそが、イラン人の心に消えない対米不信を植え付け、1979年のイラン革命へと繋がる導火線となった事実を忘れてはならない。
歴史を無視した不用意な「民主化」の今回の呼びかけは、皮肉にもイラン国内の保守強硬派に「体制維持の正当性」を与え、反体制派を「外国のスパイ」という窮地に追い込む結果を招いている。米国は、自らが撒いた負の遺産を再び掘り起こしているのだ。
「文明国家イラン」という別格の強靭さ
米国とイスラエルが陥っている最大の誤算は、イランをリビアやアフガニスタンのような「一時の独裁国家」と同列に扱っている点だ。
リビアのカダフィ体制は、独裁者一人が倒れれば瓦解する脆い組織だった。しかしイランは違う。アケメネス朝ペルシャから続く2500年以上の歴史を持つ「文明国家」である。彼らには「世界の覇権を握った」という集合的記憶と、強烈なナショナリズムがある。
地政学的にも、イランは別格だ。広大な国土、高度な官僚機構、そして40年に及ぶ制裁を耐え抜いた自給自足能力。さらにはレバノンのヒズボラなど、中東全域に広がる「抵抗の枢軸」を操る実力を持つ。イランを追い詰めれば、中東全体を道連れにする「心中戦略」を遂行する可能性がある。象が倒れるとき、周囲のすべてをなぎ倒すような破滅的な衝撃が走るのだ。
日本を襲う「原油120ドル」の熱波か
この歴史を無視した賭けの代償を払うのは、当事国だけではない。日本にとっても死活問題である。
イランが最後のカードとしてホルムズ海峡の封鎖を示唆したことで、原油のスポット価格は120ドルから150ドルを目指すかもしれない。もしそうなれば、世界経済の急所を突くことになる。日本は約240日分の石油備蓄を持つが、問題は物理的な在庫ではなく相場「価格」だ。
円安が続く中での原油高騰は、電気代、ガソリン代、物流費を押し上げ、日本経済の首を絞める。本来、米国民の生活を守るはずの「アメリカ第一主義」が、巡り巡って世界経済を破壊し、米国民自身の首をも絞めるという、これ以上ない皮肉な構図が浮かび上がる。
歴史の教訓を無視した代償
1953年にモサデクを葬ったとき、米国は勝利したと確信したはずだ。しかし、その26年後に待っていたのは、大使館員を人質に取られるという屈辱を与えたイラン革命だった。
歴史認識を欠いたまま、古代からのプライドを持つ文明国家を爆撃することは、単なる政権交代ではない。再びまた、終わりのない「文明の衝突」の幕開けとなる。過去に先住民を征服し、キリスト教化したアメリカの裏庭中南米において、米国が行うこととは、本質的に異なる。
「エピック・フューリー」というこの怒りが誰に向けられ、誰を焼き尽くすことになるのか。私たちは、イスラエルが望む「復讐」と「大イスラエル構想」の代行者として、米国が極めて危険な賭けに走った瞬間をいま目撃している。
