外交・安全保障

外交・安全保障
外交・安全保障

詰んだ戦争——ウクライナはイスタンブールへ戻れ

大統領特使はロシアを口説きにいく2026年9月5日、トランプ氏の特使、ウィトコフ氏とクシュナー氏がモスクワでプーチン氏と面会し、翌6日、キーウでゼレンスキー氏と面談した。プーチン氏は72時間の攻撃停止を命じ、ゼレンスキー氏も応じた。だが、突...
外交・安全保障

国民なき民主主義——EUという実験のきしみ

2026年9月6日、ザクセン=アンハルト2026年9月6日、ドイツ東部のザクセン=アンハルト州で選挙があった。右派のAfD(ドイツのための選択肢)が44.1%を取り、第一党になった。5年前の前回は20.8%だから、票を倍以上に増やしたことに...
外交・安全保障

同意なき正義 ――米国による ICC制裁と日本の距離感

米国が国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長に制裁を科した。高市首相は「大変残念」と述べ、「日本の立場と相いれない」として支援の継続を表明した。所長を「守らなければならない」とも言った。ただ、では米国にどう働きかけるのか、その具体には触れな...
外交・安全保障

「開戦前夜」の、その前夜

映画『開戦前夜』は、よくできている。必敗という研究結果が机上にありながら、世の中の空気と言論統制のなかで、国家が坂を転げ落ちる。東条の苦悩もわずかに滲む。だが観客の胸に残るのは、たぶんこうだ。――結局、不条理な決定で戦争は始まった、と。しか...
外交・安全保障

モガディシュの記憶と核の傘ー中東情勢に新しい役者

映画『ブラックホーク・ダウン』には、軽装備の米軍が反政府勢力に包囲され、身動きできなくなり、重装甲のパキスタン軍に救出される場面がある。1993年、ソマリアの首都モガディシュでの出来事だ。あれから30年余り、似た構図が中東で繰り返されている...
外交・安全保障

2026年イランを「核閾値」へ突き動かした1967年の密約

1967年、すべてが始まった中東の核を巡る不条理の起源は、1967年の第三次中東戦争(六日戦争)にまで遡る。わずか6日間。イスラエルがソ連製の最新兵器を備えたアラブ連合軍を圧倒したあの瞬間、ワシントンの戦略家たちの目つきが変わったという。ベ...
外交・安全保障

G7は設計寿命を過ぎたのか — エヴィアンの風景から

6月15日から17日、フランス・エヴィアン=レ=バンでG7首脳会合が開かれた。共同コミュニケは2年連続で見送り。代わりに出てきたのは、地政学、経済成長、重要鉱物、デジタル安全、がん対策など9本のバラバラの声明である。一枚の絵が描けないからモ...
外交・安全保障

「海のベルト」——イラン戦略の進化と、塞がれた迂回路

6月8日、IRGCコッズ部隊のカーニ司令官が声明を出した。「ホルムズ海峡からバブ・エル・マンデブまで、ペルシャ湾から紅海まで、抵抗勢力の新たな安全保障ベルトが形成される」。さらに、「国境なき戦士たちがチョークポイントを見下ろしている。攻撃を...
外交・安全保障

アメリカの幻影と戦後日本の幼児性――西進の歴史から福田恆存まで

19世紀アメリカの西進は、いつでも都合の良い言葉に彩られていた。マニフェスト・デスティニー(明白な天命)。神が与えた開拓の使命という身勝手なスローガン。1845年にジャーナリストのオサリヴァンが放ったこの言葉は、北米大陸の侵略と収奪を一瞬で...
外交・安全保障

ゼレンスキーの公開書簡、あるいは遅すぎた現実主義

6月4日、ゼレンスキー大統領がプーチンに宛てた公開書簡を発表した。前日、ウクライナのドローンがサンクトペテルブルクの石油ターミナルを炎上させ、ロシアが世界に経済的強さを誇示しようとしたSPIEFの舞台を煙で包んだ、その翌日のことだ。書簡は「...