前編では、台湾が中国に統治されることで日本に生じる「実害」を一つひとつ検証し、従来の議論が想定するほど深刻ではないという結論に至った。では中国は、そもそも本当に「武力で」台湾統合を急ぐ理由があるのか。そしてアメリカは台湾に対して何をしてきた国なのか。この後編ではその二点を考える。

武力統合という選択肢の現実的コスト
台湾の世論は、30年という時間をかけて決定的に変化した。「台湾人」と自認する人が約65%に達し、統一を望む層は多くても13〜14%にとどまる現在、仮に中国が軍事制圧に成功したとしても、その後に待ち受けるのは統治コストの問題だ。
参照すべき先例がある。香港だ。「一国二制度」という約束のもとで平和的に返還された香港でさえ、中国は民心の掌握に苦慮し続けている。2019年以降の抗議運動と国家安全維持法の強行が引き金となり、2020〜2023年だけで約53万人が純流出した。1997年の返還前後も含めた累計では推計150万人規模——返還当時の人口650万人の約25%——が香港を去っ計算になる。人的資源や地域文化の大きな損失。これが「比較的穏やかな統合」の現実だ。無論、中国は気にしないのかもしれないが。
ウクライナとイランの事例も、この文脈で重要だ。ロシアはウクライナを3年以上かけても意に従わせられていない。イランは米国・イスラエルの攻撃を受けながらも体制を維持している。軍事力で小国を支配する「コスト」は、かつてとは桁違いに高くなった。現代の非対称戦争が大国の軍事的優位を相対化しているという事実は重い。
ドグマとしての台湾統一
では習近平はなぜ、これほどまでに台湾にこだわるのか。
1949年、国共内戦に敗れた蒋介石率いる国民党は台湾に逃れた。中華人民共和国はその日から、「革命の完結」を果たせないまま存在し続けている。台湾統一は毛沢東以来のイデオロギー的な「未完の事業」だ——遠藤誉・中国問題グローバル研究所所長が繰り返し強調する点でもある。
遠藤氏によれば、習近平の動機には党のスローガンを超えた個人的な深みがある。父・習仲勲は革命の功労者でありながら、1962年に鄧小平の陰謀で冤罪失脚し、16年間を牢獄で過ごした。遠藤氏は「親の恨みを晴らすための60年間」と表現する。習近平にとって「中華民族の偉大な復興」とは抽象的なスローガンではなく、父が命をかけた革命の「未完の事業」を自らの手で完結させるという個人的な使命感と結びついている。台湾統一はその物語の最後のピースだ。
合理的に計算すれば、武力行使のコストは統合の利益を明らかに上回る。それでも諦められないのは、台湾統一が党の正統性の物語であると同時に、習近平個人の「家族の物語」とも不可分だからだ。
アメリカと台湾——繰り返される取引
ここで、今日では見落とされがちな歴史的事実に触れておく必要がある。
1971年、国連における「中国」の代表権が台湾(中華民国)から北京(中華人民共和国)に移った。この転換を主導したのは、他でもないアメリカだった。ニクソン・キッシンジャーが設計した米中ソの三角形外交——中ソ対立を利用した対ソ牽制と、ベトナムからの出口——において、台湾は取引の「コスト」として支払われた。その背景には、19世紀末の門戸開放政策(1899年)以来続く、アメリカの「中国市場へのアクセス」という一貫した動機も流れていた。アメリカにとって台湾は常に「目的」ではなく「手段」だった。
そして2026年5月、北京での米中首脳会談。トランプはAir Force Oneの機内から「習近平に中国を開放させ、ビリオネアたちに稼がせる」と投稿して北京へ向かった。ロボバンクのグローバルストラテジスト、マイケル・エブリはこれを「ニクソン・毛沢東2.0」と表現しつつ、今回の会談の結末として「地政学を再編するグランドバーゲン、関税・技術・台湾を含む小規模合意、茶番的な先送り、あるいは大規模エスカレーション」の四つのシナリオを並べた。台湾が取引の俎上に載っていることは、今や公然の前提だ。
問いを立て直す——筆者の見立て
ここからは筆者の見立てだが、アメリカが台湾カードをすぐに切るとは思わない。台湾は数少ない対中交渉カードの一つであり、安易に手放せるものではない。むしろアメリカの戦略的な本音は別のところにある。
ベセント財務長官はすでに「デカップリングは不可能だ」と認めている。米中の経済的相互依存はあまりに深く、切り離しは米国自身をも傷つける。とすれば、アメリカの現実的な戦略は対立よりも依存関係の構築——中国市場を開放させ、アメリカの製品・サービス・技術を大量に売り込みながら、時間をかけて中国のアメリカ依存へを高めていく方向ではないか。台湾カードはその交渉を有利に進めるための、そう簡単には手放さない切り札として温存される。キッシンジャー的な発想の現代版だ。
日本にとっての真のリスクも、この文脈で捉え直せる。「台湾が中国になること」ではなく、中国が力を背景に東シナ海での優越的地位の主張を着実に強めているという長期趨勢——それが本質的な問題だ。台湾の統治主体とは独立した、すでに進行中の問題として、正面から向き合う必要がある。
最も必要なのは、感情ではなく、利害の冷静な計算だ。そしてその計算において、日本は自国の座標を自分の頭で定めなければならない。
