外交・安全保障

2026年イランを「核閾値」へ突き動かした1967年の密約

1967年、すべてが始まった中東の核を巡る不条理の起源は、1967年の第三次中東戦争(六日戦争)にまで遡る。わずか6日間。イスラエルがソ連製の最新兵器を備えたアラブ連合軍を圧倒したあの瞬間、ワシントンの戦略家たちの目つきが変わったという。ベ...
外交・安全保障

G7は設計寿命を過ぎたのか — エヴィアンの風景から

6月15日から17日、フランス・エヴィアン=レ=バンでG7首脳会合が開かれた。共同コミュニケは2年連続で見送り。代わりに出てきたのは、地政学、経済成長、重要鉱物、デジタル安全、がん対策など9本のバラバラの声明である。一枚の絵が描けないからモ...
外交・安全保障

「海のベルト」——イラン戦略の進化と、塞がれた迂回路

6月8日、IRGCコッズ部隊のカーニ司令官が声明を出した。「ホルムズ海峡からバブ・エル・マンデブまで、ペルシャ湾から紅海まで、抵抗勢力の新たな安全保障ベルトが形成される」。さらに、「国境なき戦士たちがチョークポイントを見下ろしている。攻撃を...
外交・安全保障

アメリカの幻影と戦後日本の幼児性――西進の歴史から福田恆存まで

19世紀アメリカの西進は、いつでも都合の良い言葉に彩られていた。マニフェスト・デスティニー(明白な天命)。神が与えた開拓の使命という身勝手なスローガン。1845年にジャーナリストのオサリヴァンが放ったこの言葉は、北米大陸の侵略と収奪を一瞬で...
外交・安全保障

ゼレンスキーの公開書簡、あるいは遅すぎた現実主義

6月4日、ゼレンスキー大統領がプーチンに宛てた公開書簡を発表した。前日、ウクライナのドローンがサンクトペテルブルクの石油ターミナルを炎上させ、ロシアが世界に経済的強さを誇示しようとしたSPIEFの舞台を煙で包んだ、その翌日のことだ。書簡は「...
外交・安全保障

スターリンが書き、習近平が読み続ける「軍国主義」という古い台本

歴史には、表の顔と裏の顔がある。日中戦争(1937〜1945年)において、毛沢東の共産党軍は表向き、蒋介石の国民党軍と「第二次国共合作」を結び日本と戦っていた。しかし裏では、上海の日本特務機関(岩井公館)と共産党スパイ・潘漢年が秘密接触を重...
ノンジャンル

娘はなぜ人ではなくAIに相談したのか——阿部監督辞任の背景に見えるもの

阿部慎之助監督の突然の辞任劇。その背景には、こんな経緯があった。姉妹喧嘩の仲裁に入った父親が、言い返した長女の胸ぐらをつかんで押し倒した疑いがある。その後、長女はChatGPTに相談し、AIの回答に沿って児童相談所へ連絡。児相が警察に通報し...
外交・安全保障

1905年という分水嶺——日本が持っていた戦略思考と、失い始めたもの

前稿では「米中の急所を握れるか」という問いを立てた。かつて日本には、そういうレベルの国家戦略思考が確かにあった。1905年という年がその頂点であり、同時に最初のほころびでもあった。日露戦争に至るまでの明治政府の外交には、今でも通用するレベル...
外交・安全保障

北京の会談が示したもの——米中の駆け引きと日本の不在

5月14日、北京の人民大会堂。習近平はトランプに向かって、台湾問題は米中関係で「最も重要だ」と述べた。しかし米側の発表に台湾への言及はなかった。この非対称性が、今の米中関係の本質を映している。アメリカの対中戦略には170年変わらない通奏低音...
外交・安全保障

「台湾統一」という未完の革命——中国のこだわりの正体

前編では、台湾が中国に統治されることで日本に生じる「実害」を一つひとつ検証し、従来の議論が想定するほど深刻ではないという結論に至った。では中国は、そもそも本当に「武力で」台湾統合を急ぐ理由があるのか。そしてアメリカは台湾に対して何をしてきた...