聖書の物語と「既成事実」の罠
イスラエルが「二国家解決」を事実上放棄したのは、単なる政治的選択ではない。それは、聖書的な理想と、それを物理的に力づくで固定化しようとした執念の結果である。
イスラエル右派の行動原理には、旧約聖書(創世記15章18節)に記された「エジプトの川から、あの大河ユーフラテス川まで」という「大イスラエル(エレツ・イスラエル)」の回復がある。1967年の第三次中東戦争での勝利後、彼らにとってヨルダン川西岸地区は「占領地」ではなく、神から与えられた「ユダヤ・サマリア」の解放であった。
国際社会が二国家解決を叫ぶ裏で、イスラエルは戦略的に入植地建設を強行した。現在、西岸地区の入植者は50万人を超え、パレスチナ国家の領土は物理的に分断されている。この「既成事実化」により、いかなる政権が誕生しようとも、数十万人の入植者を強制退去させることはイスラエル国内の「内戦」を意味するようになり、二国家解決は物理的・政治的にどうにもならぬ「詰み」を迎えた。
崩壊した「平和のプロセス」:キャンプ・デービッドからインティファーダへ
二国家解決が「不可能」と見なされる契機となったのは、2000年の歴史的転換点だ。
2000年7月のキャンプ・デービッド会談において、イスラエルのバラク首相は西岸地区の9割以上を譲渡するかつてない提案を行った。しかし、アラファト議長は「難民の帰還権」等の難題で折り合わずこれを拒否、会談は決裂した。直後の9月から始まった第二次インティファーダ(パレスチナ武装蜂起)では、イスラエル国内で自爆テロが頻発し、数千人の犠牲者を出した。この惨劇により、イスラエル世論は「領土を譲歩しても平和は得られない」という深い絶望感が生まれた。その後、イスラエルは右傾化へ決定的に舵を切った。
この文脈の延長線上に現れたのが、2020年のアブラハム協定だ。ネタニヤフ政権は、パレスチナ問題を解決せずともアラブ諸国と国交正常化が可能であることを証明した。2023年の国連総会でネタニヤフ氏が掲げた、パレスチナの境界線が完全に消去された地図は、二国家解決の事実上の死亡診断書であった。
1979年の宿怨:ペルシャの恩人から「小サタン」へ
そもそもペルシャ人とユダヤ人は古来長らく平和に共生していた。紀元前538年頃、古代アケメネス朝のキュロス2世がバビロン捕囚からユダヤ人を解放したという歴史的紐帯があった。しかし、1979年のイラン・イスラム革命によって、それは完全に断絶した。
ホメイニ師はアメリカを「大サタン」、その傀儡たるイスラエルを「小サタン」と定義した。以来、イランはレバノンのヒズボラ、ガザのハマス、イエメンのフーシ派を束ねる「抵抗の枢軸」を構築し、イスラエルを包囲する「火の環(リング・オブ・ファイア)」を形成したのである。
2023年10月7日ハマスがイスラエル領内で行った蛮行「アル・アクサの洪水」は、この包囲網がイスラエルに突きつけた決定的一撃であった。かつてユダヤの民を救ったペルシャの慈悲が、今やイスラエルを追い詰める最凶の牙へと変貌した。このことは、2500年の共生の歴史をわずか数年の革命が塗り替えてしまった悲劇を象徴している。
米国のジレンマ:人工的な地域秩序を揺るがす重層的なジレンマ
現在、米国はイスラエルとGCC(湾岸協力会議)諸国を支援しているが、かつてない多層的なジレンマに直面している。
イランにとって、GCC諸国はイスラム同胞国でも単なる対立国でもない。第一次大戦後、西欧列強によって不自然に切り出されたこれらの王制国家は、大サタン米国が中東の石油を収奪し、イスラエルを守るために配置した「不当な番人」である。イランがホルムズ海峡を事実上の封鎖に追い込むのは、単なる軍事行動ではない。米国が作り上げたこの「偽りの秩序」を根底から破壊し、イスラム世界を西欧の軛(くびき)から解放するという革命的使命の遂行でもある。
この思想的背景の上に、次のような現実的なジレンマが重くのしかかる。
第一のジレンマは、「コストの非対称性」だ。イランが供給する数万ドルの安価な自爆ドローンに対し、米国とイスラエルは1発数百万ドルの迎撃ミサイルを投げ返さざるを得ない。2026年1月15日、リヤドの米大使館がフーシ派のドローン攻撃により被弾したことは、最強の防衛網が「数とコストの暴力」に屈した象徴的な出来事だ。
第二のジレンマは、「歴史の忘却」である。第二次世界大戦中、米国はドイツの超高性能だが複雑な兵器に対し、「そこそこに役に立ち、かつ圧倒的な量産が可能な兵器」を投入して勝利した。故障の少なさで戦場を埋め尽くしたM4シャーマン戦車や、数日で1隻が建造された輸送船リバティ船がその代表である。
しかし、現代の「軍産複合体」は、この成功体験を忘れ、高価格・多機能な「宝石のような兵器」の開発に拘泥している。1発数億円のミサイルを「聖遺物」のように扱う米国に対し、イランは数万ドルの「空飛ぶ芝刈り機」を100機飛ばす。米国は今、かつての自分たちがドイツを圧倒した「物量とコストの論理」によって、逆にイランに追い詰められる可能性がある。
第三のジレンマは、「世界経済のスポンサー」GCC諸国への影響である。イランによるホルムズ海峡の封鎖は、GCC諸国の石油輸出を停滞させる。これは世界にとっての深刻なエネルギー問題だが、それにとどまらない。穀物・食料などGCC諸国が必要な輸入物資も海峡の先に入っていけないことも意味する。欧米の金融市場を支えるオイルマネーのホストはGCC諸国だ。地域の安全保障上の危機は、西欧市場からの資金の引き揚げにつながりかねない。西側諸国が自ら構築してきた中東地域秩序が、自らの金融システムに大波乱をもたらすブーメランとして返ってくるリスクを孕んでいる。
チェスとポーカーの果てに
イランは数十年のスパンで盤面を整える「チェス」を指し、米国は選挙サイクルごとに手持ちカードを取り換える「ポーカー」ゲームを行っている。
米国は最強のカード(軍事力)を持っているが、イランは既に「テーブルごとひっくり返す仕掛け」を世界経済の中に施している。イスラエル・パレスチナの二国家解決という希望は消えた。中東は「解決」の時代から、引き返すことのできない「生存をかけた消耗戦」の時代へと突入するのかもしれない。
筆者は、米国の今回の決断はとてつもなく悪い意思決定に思えてならない。日本政府は米国支持表明をしたというが、少し距離を置くべきだ。日本とペルシャの縁は、1979年の革命よりも遥か昔、ササン朝が滅亡した7世紀にまで遡る。正倉院に眠る『白瑠璃碗』などの宝物が思い出される。イスラム勢力に追われたペルシャの美意識が、シルクロードを越えて極東の地にまで到達した歴史の証人だ。歴史ある文明国家の底力を侮るべきではない。
