9月2日オンライン Financial Times紙 に”US jobs data raises hope of Goldilocks scenario as economy cools”と題された記事を見かけた。訳せば、「米雇用統計が経済が冷えだしたことを示し、「ほどよい感」市場の期待膨らませる」とでもなろうか。失業率は市場予想3.5%を少し上回る3.8%。今週すでに明らかになっていた、失業保険受給者数や平均時給伸びはいずれも若干の軟化傾向を示していた。米国経済は市場が期待するクールダウンを始めたのではないか?少なくとも「そう期待したい」という市場の思いと解釈できる。
Goldilocksとは「ゴルディロックスと3びきのくま」と訳されている童話の主人公の名前だ。無邪気な小さな女の子ゴルディロックスは、森の中を迷って、留守で誰もいない家にあがりこんでしまう。お父さん、お母さん、子供の3匹のクマが暮らす家だった。ゴルディロックスはそうとは知らず、テーブルに用意されていた3つのスープ皿に用意されていた食べ物の味見をしてしまう。大きなスープ皿は熱すぎる。中くらいのスープ皿は冷たすぎる。そして一番小さなスープ皿は「ちょうど良い! (just right!)」と言って、子グマの食べ物を全部食べてしまう。ちょっと休憩で大中小の3つの椅子に腰掛けてみる。大きな椅子は硬すぎたり、中くらいの椅子は柔らかすぎたり、やはり、一番小さい子グマの椅子が「ちょうど良い (just right!)」と言って、腰掛けている間に椅子を壊してしまう。そして眠気がさしたので、最後は大中小のベッドを試す。一番小さなベッドが「ちょうど良い (just right!)」と言いいながら、そのベッドで寝入ってしまう。女の子ゴルディロックスの決め台詞は「ちょうど良い (just right!)」というお話。
2022年の急速なインフレとFRBの利上げの中、市場には根強い景気後退・不況論がある。逆イールドカーブをいつも見るようになって久しい。また、希望的観測からソフトランディング待望論もある。市場はFRBに対して、利上げはもうやめてくれ、ということなのだろう。果たして、「ちょうど良い (just right!)」状況の到来なのだろうか?
最近の経済学者の論調を見ていると、インフレは長引くとする見方が多くなってきたようだ。FRBのブレーキとバイデン政権のアクセルでも触れたが、財政支出が大きいからだ。よく言われるのは次のような財政発動的政策だ。あるものは投資的な支出で乗数効果を伴うだろうし、給付的な支出は所得移転の性質をもつだろう。ただし、こうした政策は財政赤字で賄われていることに留意すべきだ。長期的な成長に寄与する可能性はあるが、短期的には「インフレ的な」政策と言わざるを得ない。ちなみに、米国GDPはおよそ24兆ドル。
The Infrastructure Investment and Jobs Act of 2021 (IIJA)
1兆ドル(向こう10年間)
CHIPS Act
2,780億ドル(向こう10年間)
Imflation Reduction Act
4,990億ドル クリーンエネルギー関連等への補助金・税控除
州政府に給付したCOVID対策費の余剰金
5,000億ドル(未執行額の現在値は不明)
社会保障費のインフレ調整額
1,000億ドル
もう一つ、最近注目れている論考がある。Fiscal Dominance and the Return of Zero-Interest Bank Reserve Requirements と題するコロンビア大名誉教授のカロミリス氏の論文だ。訳せば、「財政優越と無利子銀行預託金の再来」となるのだろうか。
負債を持つ政府から見れば、インフレは全ての現預金を対象に一律に課すことができる増税に相当する。実質負債残高は、インフレによって目減りするのだから、その目減り分は社会全体としてインフレに形をかえ、国民(ドル現金の保有者)が負担しているにすぎない。カロミリス教授によれば、米国政府の財政構造では、赤字が減ることはなく負債が積み上がるばかりである。このままで行けば、いつかは米国債は市中消化しきれない状況がくる。そうなった場合、FRBが取らざるを得ない政策は、銀行に無利子の預託金を強制するしかない。なので、財政構造を大きく変える必要があるとしている。
脱線するが、この論文を読んでいて、やはり日本の状況が思い出される。日本は既に財政優越の状態だと言える。預金利子はほぼゼロで、インフレだけがある。1,000兆円の政府債務があるとすれば、仮にインフレ率3%で約30兆円が目減りしている計算だ。日本の全人口で割れば、一人当たり24万円に相当する。
米国経済に話を戻せば、「ちょうど良い (just right!)」が続くとは考えにくい。財政支出により、これからインフレ率が再び上昇してもなんら不思議ではない。その時、FRBの利上げ政策が適切な対応なのか?という根本も含めて議論になるだろう。財政優越状態で、FRBの政策ではインフレを抑えられない可能性が出てくる。FRBの利上げは、銀行制度の中の信用創造を抑制するという経路で経済を冷やせるだけだ。そのお隣で政府が大盤振る舞いを続けければ、経済は減速しないし、お金を出し過ぎればインフレが続くだけだからだ。