2023年9月13日北朝鮮 金正恩総書記はロシア ボストーチヌイ宇宙基地でプーチン大統領と首脳会談を行った。金総書記は、ロシアの「神聖な戦い」に対して「全面的な、無条件の支持」を表明したと報じられた。ただ一回の2カ国間首脳会談でしかないが、世界の分断の溝を更に広げる大きな余波を及ぼす可能性がある出来事だ。ことに日本の安全保障の観点からは、一番嫌な流れが強まったし、軽く受け流すべきではない動きに思える。
ロシアにとって北朝鮮は、スターリンの後ろ盾で金日成が北朝鮮を建国した時以来の友好国だ。北朝鮮のこれまでのロケット開発はロシア人技術者の貢献が大きかったことだろう。その上、ウクライナ侵攻から18ヶ月以上経過したいま、西側諸国からの経済制裁を受けながらの消耗線の様相となり、ロシアとて国内経済や国民生活は厳しい。ロシアが北朝鮮に期待するものを推定すると次のようなものだろう。
1. 北朝鮮の軍備品の生産とロシアへの提供
2. ロシアでの生産活動に従事できる労働力
3. 東アジア地域での軍事連携
1と2は、国連安全保障理事会決議に違反する行為だ。2006年以降、北朝鮮の核・ミサイル開発に対して安保理決議は9回可決されている。9つのうち8つの決議は国連憲章7章「Action with Respect to Threats to the Peace, Breaches of the Peace, and Acts of Aggression (平和への脅威、平和の侵害及び侵略行為に関する対策)」の41条を参照しているという。41条は物理的な実力行使手前の範疇での最高レベルの対策の位置付けだ。安保理決議された禁止事項は広範囲であり、核・ミサイル開発に直接、間接に寄与するものは全て取引禁止で、人道的な観点で最低量の石油などが認められているにすぎない。
しかし、ロシアと北朝鮮が結託すれば1も2も隠蔽しながら実行できることだろう。ロシアは、安保理常任理事国であり、これらをあからさまに表立って進めることはできない。あくまで隠しながら、あるいは、もっともらしい口実を作りながら進めることだろう。実際、今回の会談の前から、ロシアと北朝鮮の武器取引については疑惑も報道されている。国家の行動としては、お互いに既に非難や制裁を受けている同士としては、現状以上のマイナスは小さく、助け合うのは、ことの善悪を別にして、とても合理的だ。
一方で、北朝鮮がロシアに期待することは何であろうか?上記で述べた1〜3は、ロシアだけでなく北朝鮮も望むことだろう。これらに加えて北朝鮮が最も欲しいものは次のものだろう。
4. ロシアの北朝鮮に対する核・ロケット関連技術の供与
世襲制社会主義 金王朝の生命線は、「核」と「ミサイル」であることは言うまでもない。しかも、皮肉にも、このウクライナ侵攻で金総書記は、小国が最終兵器を持たないことでどうなるかを改めて確認したはずである。1994年のブダペスト覚書でウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンが核不拡散条約に加盟し、ソ連時代の核兵器を放棄した代わりにアメリカ・イギリス・ロシアが3ヶ国の独立・主権・領土を保障した。そしてその20年後の2014年にロシアがクリミアを併合し、このブダペスト覚書は反故にされた。
今回の首脳会談の開催地がウラジオストックではなく、ボストーチヌイ宇宙基地で行われたことが、プーチン氏が金正恩氏に用意した最高の演出であり、世界に対する最大のシグナルでもある。首脳会談後の談話として、北朝鮮側の発信で「満足な合意と見解の一致」と表明していることもとても合点がいく話ではなかろうか。
金総書記の目下の最優先の課題は、他国から見て「脅威」と信じられるミサイルシステムや核兵器を完成させることであるはずだ。外務省によれば、北朝鮮のミサイル発射は2022年で合計31回59発、2023年は7月時点で16回27発にのぼる。人間の適応能力は恐ろしく高い。初期段階は一つ一つのミサイル発射情報の日本社会へのインパクトはとても大きかった。だが、ここまで回数が多くなってくると、一種の慣れ、「またか・・・」という感情も次第に大きくなっているのではないだろうか。
この「慣れ」はとても危険だ。また、日本に飛んでくるかもしれないミサイルやその迎撃にばかりに集中すべきではなかろう。いま朝鮮半島で起こっていることは、北朝鮮が世界の分断をカタリストとして、急速にその立場を強化しつつある、ということだ。ロシアが裏で協力関係を深めるなら、ミサイルや核開発はさらに加速されるだろうし、それを阻止できる手段が見当たらない。発射実験回数もさらに増えると想定するのが自然だろう。そして、そのことがさらに日本周辺の地政学的緊張を高めることにつながっていく。また、拉致被害者ご家族はほんとうに気の毒だが、交渉はさらに難しくなるだろう。打開には今までの延長にない奇策が必要だ。
もう一つ日本が認識すべきことは、北朝鮮の存在の質の変化だ。小国で失うもの小さく、大胆な政策を追求できることだけではない。ロシアと中国という2つの大国両方にとっての戦略的な価値を高めたと言えるのではないだろうか。逆の言い方をすれば、反米・アンチ西側で利害を共にする中国とロシアが戦略的な選択肢を増やし、立場を強めたということである。両国とも核保有国であり、安保理常任理事国の力を持っている。
筆者の考えでは、日本の一般的な考えと思われる国連至上主義は修正されるべきだ。常任理事国自身が国連のルールを破り、不都合なことは拒否権を行使する。これによって重大な事項の決定は難しくなってきているし、その傾向は今後さらに強まるだろう。つまり、国際機関は大国が反目した局面では健全に機能しようがないのだ。
また、日米安保は両刃の剣だ。平時は、抑止力や核の傘で平和だと考えることができる。しかし、有事となれば、横須賀、岩国、佐世保、嘉手納といった主力米軍基地が攻撃対象になるのが自然で、日本は自動的に戦禍に巻き込まれるだろう。米国やその他の同盟国との連携で抑止力を期待したいが、その時々の他国政権のうつろう考えや、諸国議会のその時々の意向だけに頼ることでは十分と言えまい。
なおまた、対米従属ばかりの立場も場合によって良し悪しだ。本来は、中国とロシアは根本的な考えの違いがあるはずだ。しかし、中露の最大の一致点である「アンチ・アメリカ」というポイントの真正面に自らの立場を縛りつけてばかりでは、対立の中の一番激しい場所で身を焦がすだけだ。アジアにおいて、日本は中国やロシアの目の前にある存在だが、アメリカは太平洋の対岸1万キロの遠くにある存在だ。これらの理由から、日本として独立した抑止力も構築する必要がある。
2023年9月17日追記
その後、金総書記がロシアの空軍と海軍を視察する動画が大々的に報道された。明らかに両国の国民に向けた国威高揚プロパガンダの映像だ。NHK記者の中継では、ロシアは北朝鮮に頼らなければならないほど窮地にあるとしていた。このコメントは北朝鮮に対して侮蔑的な感情を持ちながらも、日本の無策さに反省がない日本人全体のありさまを強く映し出しているように感じる。21年前の2002年9月17日は小泉首相が平壌で初めて日朝首脳会談を行い、北朝鮮が拉致事件を認め、謝罪した日である。