米国は抑止力を発揮か? 紅海で活動するフーシ派 でわずかな希望と大きな懸念を書いた。あれから、今日時点で5回程度の空爆がフーシ派に対して行われた。しかし、フーシ派による紅海航路への脅威はなくなってはいない。むしろ、イスラエルのガザ攻撃が続く限り、自分たちもハマスへの連帯を示し、攻撃を続けると公言してはばからない。イエメンは最貧国の一つに数えられる国だ。しかも、フーシ派は正式な政府に対峙する一勢力でしかない。それに対し、この200年あまり世界を主導してきた米英が、共同で攻撃をしても効果がないということだ。なぜだろうか?
大きな理由に、この紛争の非対称な構造がある。フーシ派の目的は紅海航路を「脅かす」ことだ。民間商船を撃沈したり拿捕することは必須ではない。ただ、ドローンやミサイルを発射していればよく、そのことで紅海を安全に航行することができないと世界に思われるだけで目的は達せられる。2015年から数年続いたイエメン内戦を生き延びた彼らからすれば、おそらく簡単なことだろう。一方で、それを抑え込む立場にとっては、分散・隠蔽された拠点を一つ一つ攻撃目標として空から潰す作戦になる。フーシ派は、装備をますます分散させ、移動もさせるだろう。いまは、最新鋭の戦闘機を飛ばして、高価なミサイルを打ち込んでいることになる。そして、その軍事効果はほぼないと言えそうだ。
米英の対抗策に効果がないもう一つの大きな理由は、紛争の「エスカレーションを避ける」と発信しながら、ことを進める姿勢そのもの、いわばユートピア的「融和路線」だろう。今回の作戦について、英国連大使が安保理で「propotionality」という言葉を使って説明していたことが象徴的だ。フーシ派が行なった軍事行為の規模に釣り合うような、応分な対抗策というような意味だろう。国際法にそった活動と位置付けるのであろうが、これではフーシ派は怖くもなんともなく、その「意思」は変わることなどないだろう。彼らにとっては、紅海を脅かすことは、米英をはじめとする西側に対する聖戦の一環だ。
現米政権の融和路線は、「失われた抑止力」の連鎖を招いていると筆者は見ている。いわゆる「レッドライン」が本当の「レッドライン」であるなら、事態が発生する前に「いくらでもエスカレートする」と伝えて、相手に思いとどまらせることが必要だ。また、ことが一度起きてしまったら、すばやく充分な力で対抗しなければ、相手の「意思」は変わらないはずだ。第二次大戦での日本を考えれば、納得できる。首都が空襲されても止まらず、二発の原爆でやっと幕引きになった。今のウクライナ情勢を振り返っても、同じことを感じる。もし、ロシア侵攻前に大きな声と軍事的デモンストレーションで抑止していたら、また、緒戦で小規模な部隊でやってきたロシア軍を素早く一気に壊滅していたとしたら、その後の展開も全く違っていた可能性が高い。
フーシ派への対処については、もっと大規模な空爆が必要だとする意見が米軍退役将校・有識者には多いようだ。フーシ派が戦意を喪失するほどの規模という主旨だ。ただ、空爆だけの効果ではその効果を期待できないとする向きもある。David Petraeus / Andrew Roberts共著 「Conflict: The Evolution of Warfare from 1945 to Ukraine」によれば、空軍兵力だけで終結に至った紛争は、唯一1999年のNATO軍がユーゴスラビア軍を目標に行なった空爆作戦だけであり、他には例がない。フーシ派を本当に止めるには、陸軍部隊の投入が必要なのだろう。しかし、米国をはじめ、隣国のサウジアラビアでさえそれに対しては消極的だろう。つまり、イエメンのこの地域の火種は、長期に渡り影響力を持つことを意味している。
国際社会に一定のコンセンサスがあり、大きな紛争がなければ、国連を中心に「ルールに基づく世界秩序」を唱えていれば良い。もちろん、それがベストだ。しかし、いま、そのコンセンサスが崩れ、基本思想・世界認識の大きな違いからくる紛争が起きている。この場合、理想論は一向に役に立たず、リアリズムで対処するしかない。現米政権では、いまの混乱の収拾は不可能だろう。紛争の当事者たちもそのように米国を見透かしていることだろう。もし、バイデン大統領が再選されるようだと、紛争の長期化と拡大が懸念される。もし共和党が政権をとるなら、特にトランプ氏の返り咲きが実現するなら、一種のショック療法効果も含め、沈静化の可能性が高まるかもしれない。2024年の最大の不確実要素は米国大統領選の行方であり、どうなるかは予測不可能だ。