2022年2月24日キーウに向けロシア軍が侵攻を始めてちょうど2年が経とうとしている。「2年」と書いたが、ロシアの積極的な実力行使や工作活動は2014年から始まっている。クリミア併合を宣言した2014年3月から数えれば、もうすぐ10年になろうとしている。ロシアのこうした行動の契機になったのは、2008年ブカレストで開催された第20回NATOサミットで、ウクライナとジョージア2カ国のNATO加盟を将来的に受け入れるとしたことだとされる。この説明は、シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授が説くもので、2年前は教授の「ロシアが動くことになる」という予言が的中した!と注目された。基本的な流れの説明としては、ミアシャイマー教授の説の右に出るものは筆者は知らない。
では10年前の2014年はどういう年だったか?当時の副大統領バイデン氏とヴィクトリア・ヌーランド氏(当時の国務次官補、現在の国務次官)が直接推進したウクライナでの大規模な反政府活動、そして2014年2月22日親ロシア派ヤヌコーヴィチ大統領のロシア亡命に至るマイダン革命が起こった年だ。その直後に、ロシアはクリミアを併合し、東部ドンバス地方などでの独立運動支援を活発化させた。ヌーランド氏の夫はロバート・ケイガン氏だ。いわゆる「ネオコン」思想の中核的な存在だ。
ネオコンの定義に厳密なコンセンサスがあるのかどうかは不明だ。ウィキペディアによれば「自由主義の覇権を唱え、独裁国家の陥落を外交政策の目的に置くという極めて革新的な思想および外交政策を標榜する。」とある。ロシアがまだソ連であり、米ソの緊張関係を源流とする考え方のようだ。米国の安全保障の究極は、脅威となる敵がいなくなること。第二次大戦とその後の政策で、日本やドイツは見事に親米国家となり、大繁栄をとげた。1991年にソ連も消滅した。ならば他のケースもと考えるのは人間の性かもしれない。しかし、自国の理想を先頭に立てるだけで、その他の現実を軽視するような政策は、ここのところ失敗続きだ。イラク侵攻とその後の混乱、アフガニスタンの泥沼化と不名誉な撤退。
2017年からのトランプ政権は、このネオコンと決別し、政府要職からは排除されていたと言われている。しかし、バイデン氏は大統領として、ヌーランド氏は昇格して2021年に戻ってきた。2014年マイダン革命の実行者たちだ。一方で、2021年8月には、米国は無様な撤退ぶりをアフガニスタンで見せ、その威光に翳りをみせた。コロナ禍で全世界が足を取られ、出口もまだはっきりとは見えてはいなかった。こんな時での西側諸国の厭戦感もひとしおに違いなかった。いま振り返れば、プーチン氏が一人籠もって大ロシア復活の妄想にとらわれたのではなく、2022年の初頭こそ対ウクライナ政策の次の一手をうつ好機と感じたのかもしれないと思う。
筆者は、ウクライナ侵攻へ反対であることを改めてはっきりと断っておく。しかし、残念ながら、いまのウクライナの戦況は昨年から悪化している。現在、ロシアが上手をとり始めたと見る有識者は多い。何故か?ロシアはこの2年で愚直にかれらの宿題を片付け、体勢を挽回してきた一方で、米国と西側は確たる戦略を持たないまま、だらだらと中途半端な対応を続けているからだ。一番の被害者は、疲弊しつつあるウクライナ国民だと感じる。
ロシアが片付けた宿題とは次のようなことだ。
1 中国と接近し、特に軍事転用可能な半導体を含む民生機器の供給を確保
2 イラン、北朝鮮と接近し武器弾薬の供給を確保
3 実質的戦時体制で国内の武器弾薬の増産と徴兵拡大
4 石油の中国、インドへの輸出強化
この結果、ロシア経済の足元はどうだろうか?ロイターによれば、2023年のロシアGDPはプラス3.6%に回復。ロシアルーブルの為替レートを見れば、2年前1ドル81ルーブルだったものが、一時的に133ルーブルまで下落したものの、現在93ルーブル程度。2年前から15%程度の悪化程度に戻してきている。ちなみに、日本円は、同じ期間で115円から150円と30%悪化しているので、むしろ日本の方が貧しくなった?という比較になる。
米国・西側の対応はこれらと比べてどうだろうか?勇ましい政治的メッセージは出されてきたが、それを支える現実での施策が乏しいと言わざるを得ない。
0 ネオコン思想により、初期段階に試みられた和平交渉を潰してきた
1 「エスカレーションを避ける」という口実で高度な武器支援の小出し続き
2 武器弾薬の増産体制がない。155ミリ砲弾の不足が叫ばれて久しい
3 米国内の政治状況で議会での支援金議決がストップしている
4 環境保護派への配慮で米政権は追加的なLNG輸出の許可をストップ
西側にとってはウクライナ戦はやはり代理戦争であり、ロシアと比べれば真剣味のレベルが全く低いのだ。支援とは言っても、ウクライナがなんとか守備で持ち堪える程度であり、ウクライナが勝てるだけの支援をしていないといわれても仕方ないだろう。そして、昨年10月7日にハマスのイスラエルに対する大規模なテロ行為で、一気に中東情勢が緊迫している。西側国民の間でイスラエルの作戦行動について賛否が大きく分かれている。そのことをロシアは狡賢く利用するのかもしれない。先般のミュンヘン・コンファレンスおいて、ハマスを含むパレスチナ全派をロシアは今月26日にモスクワに招くと報ぜられている。
昨年8月のブログ 日本とウクライナ 終戦のタイミング で、停戦や和平を模索し始める時と書いた。中東の戦禍が起こる前なら、その道もあった。ロシア近代史研究の第一人者のスティーブン・コトキン氏が以前から提唱していたように、朝鮮半島をモデルにして、クリミア半島と東部ドンバスをいったん諦め、停戦ラインを定め、真の和平はなくても塩漬け状態にするという希望もあった。
しかし、今は西側やウクライナが停戦を望んでも、プーチン氏はとれた上手をそう簡単に手放さないだろう。ロシアからすれば、いま手を緩める理由がなくなってしまった。ここでパレスチナ人を使いイスラエルに圧力を強めることで、西側を苦しめる手をうつだろう。これについては、シーア派盟主イランも大いに乗り気なはずだ。
2020年時点のウクライナのGDPは約1,600億ドルだった。いまの為替で考えても24兆円程度だ。東京都の予算・総事業費が16兆円程なので、その規模を感じることができる。正直とても小さい。おそらく双方合わせれば十万人以上が亡くなり、数十万人単位で負傷者が出た。西側が表明してきた支援金累計は30兆円を超える。これでも成果が出ず、ここまで泥沼化した事態を収拾するには、日本を含む西側は、真剣さ・周到さ不足のつけとして、さらに高い代償を払うことになるような気がしてならない。