米国時間7月21日にバイデン大統領の突然の再選撤退表明が報じられた。同じ週に開かれていた共和党大会でトランプ氏が正式に候補者指名されて、わずか3日後のことだ。そして週明け水曜日には、副大統領カマラ・ハリス氏が事実上の大統領候補となり、マスメディアでそのように取り扱われるようになった。異例のスピードでの顔の挿げ替えだ。
ハリス氏が大統領としての資質に欠くということが本来的な大きな課題だ。しかし、それ以上に、このような前代未聞の政変劇をのうのうとやってのける今の民主党幹部、そして疑問を抱かずそれを受け入れる支持者たちが多くいることを見ると、アメリカ民主主義の大きな危機を感じる。何回かの弁論と予備選挙を重ね、候補者を決めていくアメリカの本来の手続きが全くないからだ。
2016年の大統領選挙にトランプが出馬し、ヒラリー・クリントン氏に勝ったことで、民主党勢力に酷く嫌われ、大きな恨みをかうことになった。そして、2020年の選挙で、トランプ氏が選挙結果に異議を申し立て、2021年1月の議会襲撃事件につながっていったことで、トランプ氏の悪魔化が確定した。バイデン氏で取り戻した政権は絶対にトランプ氏には(トランプ氏だけには)渡さないというナラティブの原点だ。
外国人である筆者には、リアルタイムにはっきりとはわからなかった。今わかることは、トランプ氏は、グローバリスト・エリートたちの政治へのアンチテーゼということだ。そして、2017年のトランプ大統領就任直後から、民主党がかなり汚い手法でアンチ・トランプ策を次々と実行してきたということだ。
就任直後のロシア疑惑は、ヒラリー・クリントン陣営が手配した架空情報がもとになっている。コロナ禍を理由に、2020年の選挙は大量の郵送投票が行われ、疑義が生じるような杜撰な管理もあった。2021年1月6日の議会襲撃については、事前準備していた警備体制を民主党ペロシ議長が敢えて取らない指示を出し、事件を意図的に誘発したのではないかという疑惑もある。そして、2024年の選挙となり、司法制度を政争の道具として使い、次々とトランプ氏を無理筋の立件を行い、投獄を試みた。また、先般のトランプ氏暗殺未遂事件についても、シークレット・サービスの大失態とされているが、民主党勢力が手配した陰謀だとしても驚くべきことでもなかろう。(いまそれを積極的に示す証拠があるわけではない。)
民主党が主要なマスメディアを全て味方につけたことは、民主党がこのような策を実行する上で不可欠な存在となっている。FOX以外のチャネルは、民主党に好意的でアンチ・トランプの報道ばかりであることには若干驚くところがある。この点については、無知見・無思考になった日本のマスコミと似た点も多いと感じる。ただ、米国では、力があり志高いジャーナリストは個人でSubstackやYouTubeで頻繁に独自視点で情報発信できていて、この点は日本と異なる。
そして、マスメディアが、民主党に不利なことはほとんど報道しないというフィルター・バブルを見事に作っている。これこそが社会の分断を悪化させている。トランプ氏は、社会を分断する人物としてポジショニングされる。これは、民主党発のナラティブであり、それを拡散強化している共犯者がマスメディアという構図なのだ。日本のマスコミは、アメリカ国内や国際情勢の報道については、どこかの米国マスメディアを引用、リピートするので、情報のバランスが悪く、いくら読んでも聞いても、本当の意味がわからない。
米国時間7月24日、バイデン大統領は再選撤退を執務室からテレビを通して自ら語った。しかし、理由については、明確には語っていない。先週末まで、再選に意欲を表明していたのに、なぜ急に撤退を決めたのか?しかも選挙まで100日あまりに迫ったこの遅いタイミングでの判断は何故なのか?異例の動きについて、本来なら説明責任を果たすべきだろう。しかも、説明の欠如について追及するようなマスメディアの報道もない。
先の大統領討論会でバイデン氏は体力や認知機能低下を露呈した矢先に、トランプ氏は銃撃直後に不屈の力強さを見せたことがあまりに対照的で、世論調査のバイデン氏の支持率凋落が決定的になったためである。しかし、それを認めれば、何故それをもっと早い段階で国民に知らせなかったのか?バイデン氏本人、ハリス副大統領、ホワイトハウス側近などが実態を隠ぺいしていたことに他ならず、まともな説明が不可能だからだ。また、ホワイトハウス担当を置いているマスメディアも業務怠慢のそしりを免れない。
また、バイデン氏はテレビ演説の中で、再選断念はするが、大統領職は任期の最後まで務めることを表明している。おそらく、これはバイデン降ろしをした民主党幹部たちとの妥協条件で、バイデン氏は有終の美を飾りたいのだろう。しかし、これも大きな矛盾だ。今日時点でも執務能力が十分にないのであれば、職を辞して、副大統領を最高責任者として昇格させなければならない。そうはしないということは、今日においても大統領は操り人形であり、側近や影の民主党有力者によってホワイトハウスが運営されているということを意味している。国内外で多くの緊張した情勢を抱えている中、米国としては危機事態であると言えよう。大統領が何らかの理由で執務できない場合の交代は、憲法修正25条に定められている。共和党は、この点については、議会で辞任を求める方向で動いていくようだ。
このように、大統領の衰えを良いことに、影から操り人形のようにして一部の人間が意のままに動かしているということを国民に隠していたのが民主党だ。エリートたちによる寡頭政治と呼ばれても仕方がない。奇しくも、こうしたあり方は、中国やロシアに近似さえしている。このことを、11月の選挙でアメリカ人たちは、どのように評価・判断するのか注視していきたい。昔であれば、こうしたことがここまであからさまに行われることはなかった。しかし、皮肉なことに、21世紀ではメディアのフィルター・バブル効果の影響もあり、どれだけの人たちが正気で事実に向き合うことができているのか、わからないのである。
本来的な課題であるハリス氏の大統領としての器はどうだろうか?これまでの副大統領としての失態のせいで、ある程度のネガティブなイメージは一般にあるようだ。「Word Salad」と呼ばれる、綺麗な言葉を並べるだけの実のない空虚な演説が多いのは有名だ。女性の権利としての人工中絶支持は、ハリス氏唯一の得意分野のようだ。「one-trick donkey」つまり、一つの芸しか覚えられないロバとまで揶揄される。しかし、マスメディアはこれからハリス氏イメージアップに邁進することだろう。トランプ陣営が以前のように口汚い個人攻撃に終始すると、女性を中心に一定の支持者を遠ざけることになりかねず、油断は禁物だろう。
民主党側の副大統領候補には数人の名前が上がってきている。民主党が好む「見栄え」からすれば、元宇宙飛行士で海軍従軍経験者でもあるアリゾナ州選出上院議員マーク・ケリー氏あたりになるのではないかと筆者は想像する。簡単に言えば、裏から糸を引く事実上の第四期オバマ政権だとすれば、フロントは誰でも良く、見栄えが肝心なのだ。ただし、このシナリオは、議会での民主党優位とセットでなければ、うまく行かない。前述した、民主党に対する信頼が上院三分の一の改選と下院全議席の選挙でどのような結果となるか、大きな未知数だ。
そもそも今回の選挙は、グローバリスト・エリートの民主党とナショナリズム庶民派の共和党の戦いだ、世界の趨勢としては、共和党に若干の利があると筆者は見ている。しかし、直前に候補者の顔を替えて巻き返しを図る民主党にも、様々要素が奏功すれば勝てる見通しは十分にある。残念ながら、もし大きな事件がなく、このままで行けば大接戦になりそうだ。
ただ、万が一、今後のトランプ vs. ハリスの大統領討論会などでハリス氏の無能さが白日のもとに晒されたり、ウクライナ戦争や中東情勢の急激な悪化でアメリカが窮地に立たされるようなことで民主党の失政が誰の目にも明らかになれば、共和党の大勝につながるだろう。ただ、これまでの政策の良し悪しの結果については、大統領続投のバイデン氏が職に留まり、全て泥をかぶるシナリオもあるので、民主党はそうしたリスクへの備えにもある程度手を打っていることになる。
いずれにしても、今より国際情勢や世界経済が悪化しないことを願うばかりだが、筆者はかなり悲観的だ。