ウクライナがロシア側クルスク方面に侵攻した。詳細はわからないが、1〜2万の兵士と装甲部隊が投入されたようだ。戦術的な目的は必ずしも明言されていない。クルスクの西にある原発を制圧しようとしての動きではないか?と推測する向きもある。しかし、その原発までは到達できていない。もし、ロシア内の原発を制圧・維持できるなら、ロシアが制圧するウクライナのサポリージャ原発との交換条件の札とする可能性はなくはないだろう。しかし、そうだとしても全体感と結びつかない、唐突な作戦だ。
それにしても愚策としか言いようがない。ウクライナに少しでも有利になってほしいと思えば思うほど、このナンセンスな作戦が腹立たしくさえ感じられる。侵攻したウクライナ軍は、形勢を長期間維持できると考えているのだろうか?兵站の補給ルートを確保・維持することさえ簡単ではない。航空機による援護もない。
ロシアは毎月3万人の兵士を増強し、準戦時体制を敷いて兵器と弾薬を増産している。この消耗線において、人員と物量で圧倒的優位な立場だ。多少の時間はかかっても、戦力をクルスクに振り向けることは簡単だ。空軍による援護も十分できる。結局のところ、ロシアは侵入してきたウクライナ軍をほどなく撃退するだろう。
この作戦のまずい点は、単に不明瞭な成果と失うであろう兵士のバランスが悪いだけではない。領内にダメージを与えることで、戦争を本格化させる口実をろロシアに与えたことだ。これまでの特殊軍事行動が、本当の戦争と位置付けられる可能性が高まった。国民に対してプーチン氏はメンツを失うどころか、むしろ国民のさらなる支持を得て、ウクライナを攻撃することができるのだろう。
西側の主要メディアは、今回のロシアへの侵攻をかなり肯定的に報道している。これもとても不思議に思えてならない。考えてみれば、世の中がおかしくなるというのは、こういうことを言うのだろう。第二次大戦の頃は、まさに各国がそれぞれのプロパガンダを発し、何が正しく、何が間違っているかわかりにくい時期だった。西側のメディアは、政権のプロパガンダを拡散する装置にすっかり成り下がっている。日本の報道はそのプロパガンダをただコピペするだけだ。
6月22日「ウクライナ戦争 21世紀の奇妙な戦争」で書いた通り、これまでの状況でのロシアの交渉条件は、ウクライナの中立 (NATOには加盟しない) 、ウクライナ軍の東部四州からの撤退だった。そうすれば、ロシアは黒海への出口を盤石にできるからだ。ウクライナと西側はこの条件を軽く一蹴してしまった。そして今、消耗戦体制で圧倒的有利な国を正面攻撃し、神経をさらに逆撫でするような愚挙にでたのだ。
クルスク方面への侵攻で少ない戦力をさらに分散させ、見合う成果なく投入戦力を失う確率はかなり高い。これまでの戦線でのウクライナ軍が弱まれば、ロシア軍は進軍し、黒海に面する最後の砦オデッサも獲得することになりかねない。ウクライナは、こうして黒海から切り離された内陸国となり、産業や生活インフラが破壊された貧国となってしまう可能性があるのだ。
また、ウクライナがオデッサと共に黒海海岸線を失えば、隣接するモルドバは大いに脅かされるだろう。モルドバはNATO加盟国ではない。
ウクライナが自らの将来の発展への道をつなぐには、NATO加盟を断念し中立緩衝国となり、人命や社会インフラ資産をこれ以上失わないようにすることが先決だ。経済的にEUに加盟することは将来可能だ。その一方で、軍事的利害から停戦を妨げている大きな力は、西側とNATOなのだ。