2021年バイデン大統領はプーチン大統領と何度か会談を行った。ウクライナ国境近くにロシア軍部隊が集結しているさなかだ。アメリカは直接介入はしないなど、何故か「しない」ことばかり公言した。結局、ロシアの侵攻を抑止することができなかった。さまざまな可能性を含ませておけば、プーチン氏は警戒し、侵攻を躊躇したかもしれない。
これが弱腰外交の始まりだった。西側は軍事支援を始めたが、エスカレーションを避けるという口実で小出し続きだった。「エスカレーションを避ける」という理由付けも何の良い効果もなかった。「強いはずの米国が弱腰に動くこと」は、逆に紛争を招く作用がある。つまり、挑発的なのだ。現米政権は、今でもこのことに気づけていないように見える。
2022年2月に始まった侵攻から2年半以上の月日が過ぎた。ウクライナは兵力・武器とも劣勢だ。兵士で60万人以上の死傷者が出た。国土のインフラも大きな損害が出た。人的被害と国土の荒廃はさらに加速するだろう。大義がどうであれ、ウクライナの国家としての現実的な存続のためには、速やかな停戦と朝鮮半島のような紛争の凍結の道を選ぶことが賢明だ。
ウクライナとロシアの紛争について、これまでの経緯を簡単にまとめる。
- 1991年のソ連崩壊後、西側がロシアを自陣営に組み込むことができなかったのがそもそもの大きな戦略的原因
- 2008年NATOブカレストサミットでウクライナをNATOに加盟させる方針を決めたことが直接的原因
- 2014年に米国の工作によるマイダン革命で親ロ的大統領が追い出されたことがロシアを動かす契機となった
この後、速やかにロシアはクリミアを併合、東部4州でのロシア系住民の反政府活動の支援を活発化させた。ロシアがウクライナに侵攻した根本的意図は、ウクライナのNATO加盟を阻止し、中立緩衝地帯にするためだ。2022年の侵攻直後、トルコなどの仲介でウクライナ中立を条件に停戦の交渉があった。しかし、米英がウクライナを交渉の場から引きずり降ろした。2024年7月、NATO75周年の式典の直前にもプーチン氏は、交渉の条件を公表した。ウクライナの中立 (つまりNATO加盟路線の白紙化) と東部4州からの完全撤退である。しかし、残念なことに、ウクライナも西側もこの提案を簡単に一蹴した。
主要メディアの報道は、ウクライナ有利を印象づける情報ばかりをとりあげる一方で、ロシアの悪魔化のプロパガンダを続けている。その元凶は米国メディアがジャーナリズムを捨て、現政権擁護に走っていることだ。しかし、現実の戦況はロシア優勢だ。
- ロシアはこの1年半で国内で戦時体制を構築し、兵士数・兵器数を大幅に増強し、大国が有利な消耗戦に持ち込んだ
- ロシアは西側が供給する様々な戦車・ミサイルなどの最新兵器への対応に成功している
- ロシアはイラン、北朝鮮からの兵器支援をとりつけ、中国からは間接的な協力を得て、兵器弾薬で優位を維持している
- あるウクライナ軍の現場からの情報では、兵力で1:8、弾薬で1:10の劣勢に立たされているという
- 東部4州戦線では膠着状態であったが、ウクライナのロシア領クルスク展開が原因で東部戦線が手薄になった。ウクライナ劣勢となり、ウクライナ軍の後退とロシアの西進が始まった
- ロシアは制空権を維持し、ミサイルを使った戦略的な爆撃を継続し、ウクライナの国力基盤を破壊し続けている
紛争の核心は、ウクライナのNATO加盟方針だ。ロシアは、2008年から受け入れることができないと表明している。1962年のキューバ危機では、ソ連が米国の庭先にミサイルを設置しようとして米国が阻止したが、理屈は同じだ。ロシアは、国境のすぐそばにNATO軍にいてほしくないだけだ。
西側・NATOは、ロシア打倒に病的な執着を持っている。プーチン氏を仮に排除できたとしても、その後に続く可能性がある、もっとタカ派のリーダー達が多数揃っている。ロシアは独自の歴史と文化を形成した国だ。仮に、西側が現政体を打ち負かし、崩壊させたとしても、1億4千万人を擁する国のその後をどうしようというのだろうか?ネオコン達のロシア敵対政策は、時代遅れで現実遊離のイデオロギーでしかなく、国家戦略ではないのだ。
第2次大戦後のソ連に対して、米国は慎重に封じ込め政策を貫き、冷戦時代をつくった。現代版の封じ込め政策があっても良さそうなものだが、それがないのは、米国はじめ西側諸国がロシアを過小評価ていることが原因に思えてならない。
ゼレンスキー大統領は、9月に「Victory Plan」を説明するためとして訪米した。ウクライナ勝利の可能性を説き、米国の追加支援を取り付けること、そして最終的にはNATOを紛争に引きずり込むことが狙いだったのだろう。
このゼレンスキー大統領をハリス陣営は、えげつなく選挙活動に利用した。激戦州ペンシルベニアの兵器工場を視察するとして、民主党副大統領候補にも名前があがったシャピロ州知事がアテンドし、兵器工場の増産がウクライナの自由への支援と国内の雇用貢献するとぶち上げた。代理戦争をさせている国の大統領をネタに、自国経済が潤うといったメッセージにどれだけ効果があったかは疑わしい。それにしても、ここま破廉恥なメッセージで利用されたゼレンスキー氏自身は、どのように感じたのだろうか?
ハリス大統領は、ゼレンスキー氏と並んで記者発表を行った。ホワイトハウス“Vice President Harris and President Volodymyr Zelenskyy of Ukraine Deliver Remarks to Press”のビデオを見てみると良い。ハリス氏は、法に基づく国際秩序を説くが、対ロシアでここまで好戦的な演説は、ウクライナの破滅の道につながるものだ。
- プーチン氏を独裁者、圧政者として悪魔化している
- ウクライナの次は、ポーランド、バルト諸国が標的になると決めつけている
- ウクライナの中立と領土的譲歩は敗北だと言い切っている
民主党政権の大きな欠陥はここにある。プーチン氏を独裁者と糾弾するが、悪魔化するばかりで話し合いや交渉する意思が全くない。本当に武力でだけこの問題を解決しようというのであろうか?戦況は日に日にロシア優位になりつつある。
また、ウクライナの次は、ポーランド、バルト諸国というのも嘘である。ロシアのそのような意図を示す証拠はない。ソ連時代に、旧ワルシャワ機構諸国に君臨した過去にあったが、異民族を統治することの代償の大きさをロシアは学んだのだ。21世紀のロシアは異民族を支配するつもりはない。時代錯誤の認識だ。
ハリス氏はこのような、スタッフが準備した原稿そのままの演説を行い、記者の質問の一つにも応えることもなく会場を去った。いつも通りのことで、本人は渡された原稿以外のことは全く分かっていいないので、記者とのやり取りをするとボロが出る。戦場の現実についての無知。そして、ロシアという相手国についての無知。無知な政治家もまた挑発的なのだ。
米国は、交渉・妥協の余地が全くないと拳を高く振り上げたままだ。このままでは、ロシアは粛々とオデッサを狙い、全ての黒海沿岸を自陣に取り込もうとするだろう。ロシアは、キーウを含む内陸部については、このまま戦略爆撃で国力弱体化をさらに進めるか、あるいはウクライナ軍の崩壊があれば、ポーランド国境まで進軍することも考えられる。
ロシア領クルスク方面へのウクライナ進軍は、大きな戦果なく失敗に終わりそうだ。部隊はじわじわと消耗し、壊滅状態に近い。「じわじわ」と消耗を待ちながらの姿勢は、ロシア側の味方の損失を最小化する戦術だ。
ウクライナ軍は、このクルスク作戦に兵員・武器を振り向けたので、東部戦線での劣勢は加速しててしまった。これ以上の劣勢を挽回する方策は基本的にはない。ウクライナには戦える兵士が確保できなくなりつつあるのだ。
政治的にはありえないが、この窮極から脱するため、仮にNATOが直接参戦するとしよう。しかし、この選択肢とて戦果があがるか疑問だ。既に砲弾やミサイルの蓄えが枯渇しつつあるからだ。ロシアとは違い、米国・西側諸国は兵器・弾薬の増産体制はとっていない。仮に増産体制をとるとしても、充分な供給体制が立ち上がるのに2,3年は要するのだろう。その間、ロシアは容易にポーランド国境に到達できるはずだ。
まさに、米国にとっても西側にとっても最悪のシナリオにはまっているのだ。「詰み」状態だ。今ならまだメンツの半分くらいは残しながら、交渉できる可能性はある。停戦と復興で、NATOは無理でも、ウクライナがEUに加盟できる道もまだ残っている。黒海岸のオデッサも残せるかもしれない。
弱腰と無知からいったん距離をおき、現実的な妥協を模索し、人命と国土を守るべきだ。