「またトラ」は一過性の過去の繰り返しとはならない

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 「もしトラ」、「ほぼトラ」、「またトラ」とトランプ氏再選を表現してきているメディアをよく見かける。あたかも「トラ」を全てよくわかっていて、日本にとっては嬉しくないことばかりを想定するようなニュアンスがある。本当にそうなのだろうか?

 よくわかっていることが一つある。今回のトランプ政権は、2017年、第一次トランプ政権就任時の状況とは大きく異なることが多数あるということだ。米国が国家戦略の舵を大きく切る局面にある。世界に広く余波を及ぼすことが予感される。政権の考えが変わることに起因する影響と、そもそもの米国の社会経済の課題に起因する影響がダブルで起こる大きなものだ。何次かの余波が複合するので、結果として何が起こるかは全くわからない。表面的には、日本にとって都合良い変化も逆に悪い影響もあるだろう。いずれにしても、日本はこの大きな変化をよく理解し、国益に結び付けることが必要だ。しかし、そのためには当たり前にしてきた固定概念や古い発想を切り替えることが必要だ。

 関税 「もし何%の関税を実施したら、これこれのマイナス影響が・・・」という試算はナンセンスだ。自国への短期的な不利益を被ってまでの政策をとれるほど米国に余裕があるわけではない。トランプ政権は、関税というわかりやすい言葉を使い、米国市場という魅力あるマーケットへのアクセスを通商交渉や外交の武器として使う策をとる。武器を使うのは通商交渉ばかりではなかろう。それ以外の外交交渉でも必要に応じて圧力として使うだろう。就任前のささいなトランプ氏の発言を受け、カナダのトルドー首相がMar-A-Lagoに駆けつけ、メキシコのシェインバウム大統領が速やかに電話を入れてきたことでも、さっそくこのアプローチの威力が表れている。

 また、産業別・企業別でも関税を政策のテコとすると推察する。つまり、2年、3年後の関税実施を宣言し、外国からの製造業への投資や工場進出を呼び込むのだ。こうすることにより、米国内に今より付加価値の高い雇用が生まれる。国民の給料が上がるという意味だ。これは、経済政策全体の中でも重要な要素だ。インフレへの現実対応として、これまで上がってしまった価格を下げるのは、至難の技だ。政権としては、国民の給与を上げることに注力するしかないのである。(幻想的な「物価上昇と賃金上昇の好循環」をうたう日本とは大違いで、うらやましい限りだ。)

 財政赤字・債務問題 イーロン・マスク氏とビベック・ラマスワミ氏を指名し、政府効率化省(DOGE)を設置し、肥大した政府機関のムダを一掃するという方針に期待が寄せられている。現在7兆ドルの財政赤字のうち、2兆ドルの削減をマスク氏は示唆した。型破りの発想と強烈な実行力を持つこの二人は、おそらく実行するだろう。

 しかし、そうだとしても、社会保障や防衛費などは減額が難しいので、この先しばらくは米国政府債務は積み上がり続けることになる。ある程度のインフレを許容しながら、債務の実質価値を小さくする政策になるだろう。この時、米国だけを見ればドル安政策だが、注意を要する。他国を見回せば、不動産バブル崩壊後のデフレに苦しむ中国、停滞が現実化しつつある欧州、官製半導体に一点賭けしている日本など、おおどころはお寒い限りであり、米国一人勝ちの構図が浮かび上がる。つまり、当面(相対的に)ドル高が継続すると見えるのだ。

 エネルギー政策 トランプ政権はパリ協定からあっさり脱退するだろう。バイデン政権による行き過ぎた気候変動対策は、経済合理性にかなわず、これを巻き戻すと選挙中から明言している。シェール・オイルやLNGへの規制を解除し、生産量を上げる政策をとる。EVへの流れや風力発電も下火になる。このことは、高騰したガソリン価格を引き下げ、庶民生活の痛みを解消することにつながる。また、産業全体のコスト条件を改善し、競争力強化にもつながるはずである。

 また、米国が持つこのエネルギーも通商・外交の武器にすることだろう。どのように展開していくかは未知数だが、中東諸国との交渉やロシア産エネルギーからの切り替えにあえぐ欧州に対して、有効な駒だ。

 外交 現実遊離し続けたバイデン政権は、弱腰外交でウクライナと中東の紛争を鎮めることができなかった。トランプ・バンス政権では、紛争を速やかに終結させると言ってきた。確かに、安全保障担当補佐官にワルツ氏、国務長官にルビオ氏と言った超タカ派の人選をしてはいるが、前途は多難だ。中東については、強さによる抑止で紛争の温度はさがりそうだ。しかし、ウクライナについては、ロシアが戦場で勝利しつつあるので、ただ強気であるだけでは、交渉は進まない。

 ウクライナの人たちにとっては、紛争終結の条件を受け入れることも、戦争継続で人命を失うこともどちらも辛い選択だ。西側のリベラル派は、プーチン氏を悪魔化することで虚構を維持してきた。しかし、その勢いは多くの国で退潮にある。ウクライナには気の毒ではあるが、ここらへんで妥協することが最善の選択だ。

 米国金融市場 これは政権交代とは別次元での極めて不確実なワイルドカードだ。米国株式は、高PER、マグニフィセント7偏重の時価総額で史上例を見ない、歪なメルト・アップ状態にある。いつどのようにそうなるかはわからないが、多くの有識者たちが大幅な株価調整を予期し、警鐘を鳴らしている。仮に新政権の政策が奏功して、外国から米国への資金流入が続いたとしても、2025年は米国内民間企業の借換え資金需要の波が見込まれており、市場への流動性供給が続くかどうか不透明だ。市中の流動性に陰りが出る時は危険な状態となる。

 ホワイト・ハウスの体制 2017年第一次トランプ政権は、初期段階で凄まじい妨害活動があった。クリントン陣営がでっちあげたロシア疑惑。ティラーソン国務長官、マチス国防長官、ケリー首席補佐官などのトランプ氏を利用して、自己の考えを推し進めようとした閣僚たちもいた。加えて、トランプ氏自身が政治経験がなく、議会と官僚機構の取り扱いに明るくなかったというハンディもあった。

 今回は、政策推進に対するこうした障害は少なくなっている。バランスある能力を持つバンス副大統領でしっかり脇を固めていることも大きなプラスに作用することだろう。こうした好条件のもと、世論を味方につけ、最初の半年程度でいかに迅速に上述した政策の道筋を見いだせるかどうかが任期4年の成否を分けるだろう。連邦政府の職員は民主党支持者が多いと言われる。官僚機構の静かな抵抗の可能性も否定できず、どのような初動ができるかは不確実だ。

 こうした米国が起こそうとしている変化に対して、日本はどうだろうか?103万円の壁や政治資金規制法は小さな課題であり、早々に政治的妥協をはかるべきだ。日本としての国家戦略の見直しが本来の課題なのだ。トランプ政権が終わったら、また4年前、8年前の発想でいけばよい、と考えるとしたら、大きな間違えとなる。

 残念ながら、日本の現実は、大波の中で翻弄される小舟のような存在になるだろう。2025年は、通商、外交、金融、エネルギーなどの面で従前と真逆の流れにさらされ、当惑のうちに終わる年になるだろう。

 西側諸国の米国だけが変わった動きが起こっているわけではないことの認識も必要だ。ドイツのショルツ首相信任否決のニュースが入ってきた。フランスの首相も早々に交代を余儀なくされた。政権交代したばかりの英国スターマー首相の支持率も低調だ。平和が終わり、緊張の世界になった。自由貿易と気候変動対策といったリベラル政策が破綻し、リアルな世界の新たな均衡の模索が始まっている。この流れは、まと元にもどることはなく、この先は未知の領域だ。2025年はボラティリティの高い年になりそうだ。

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