2月28日全世界のテレビカメラの前で前代未聞の口論となったゼレンスキー大統領のホワイトハウス訪問から2週間が経過した。米国と欧州の動きは目まぐるしい。欧州諸国の多くで政権にあるグローバルエリートたちは、極めて危険な動きをしている。ひとつ間違えれば、欧州全体が戦争に巻き込まれかねない。
グローバルエリートとは、「法に基づく国際秩序」を尊重し、自由貿易を支持し、開かれたリベラルな世界を標榜する。移民政策受け入れについては、その高尚なモラルを尊重するので積極的だ。そして、ロシアや中国のような権威主義的な政体とは相いれない考えだ。しかし、自由貿易の側面では、そうした国との互恵関係を否定はしないというご都合主義的な矛盾も持っている。
グローバルエリートたちは、政治ではG7のうち英仏独加の現政権、EU、国連諸機関で実権を握っている。米民主党政権はグローバルエリートの中核的な存在だったが、昨年の選挙で政権と議会過半数を失った。トランプ政権はグローバルエリートと真反対のアンチテーゼを提唱している。欧州の伊メローニ政権も同じ方向だ。日本はどうかと言えば、受動的に他国をフォローしているだけなのだが、結果としてグローバルエリートと立場を共にしていると言えよう。
グローバルエリートの「エリート」とは、グローバリズム体制の中で居心地よく、その恩恵を享受しているという意味だ。政治家、金融業界、メディア、大企業ホワイトカラー上層部など戦後社会で力を持ってきた支配層と言い換えることもできる。20世紀が生んだ新しい貴族階級と言ってもいいだろう。彼らは、移民による治安悪化が多少あったとしても、自分たちの身近のことではないので、問題意識は弱い。自由貿易のもと、多くの工場が中国に移転し、国内の製造業が空洞化しても、自分たちとは遠いところの出来事ととらえる。気候変動対策のためにエネルギーコストが多少上がっても、所得レベルが高いので、苦痛は少ない。庶民一般より、理想を追うことに苦痛が少ない立場にあることが特徴的だ。
グローバルエリート達が外交・安全保障でやっかいなのは、現実から遊離していことだ。また、グローバルエリート達は、異端者を簡単に排除しがちた。一番わかりやすい例は、英スターマー首相の最近の動きだ。2月28日のトランプ・ゼレンスキー騒動の直後、スターマー氏は欧州の首脳たちをロンドンに招いて、対策会議を主宰。経済制裁や軍事的なプレッシャーを強め、ロシアを屈服させるのだと言う。また、有志国連合を結成するとして、今月20日には各国の防衛相・軍関係者を集めて、停戦後の平和維持軍を作戦を立てるとしている。
スターマー首相が現実遊離しているのは、ロシアが戦場で優位にあること、それゆえ交渉上の優位にあることを認識していないことだ。そして、ウクライナ領内に欧米軍隊が入ることこそがロシアのレッドラインであり、交渉の要であるのに、まさにそれを行い、悪魔プーチン氏を威圧できると考えているように見える。ロシアは2022年侵攻直後からウクライナ中立化を条件として掲げており、戦場で優位に立っている今、「無条件の30日の停戦」を受け入れるはずもそもそもないのだ。
トランプ政権は、現実主義だ。おそらくは、戦況の真実やロシアの要求事項を認識はしていることだろう。しかし、サウジアラビア会談の「30日の停戦」ということだけを得て、特使をモスクワに派遣しているのを見ると、どこまで実態を把握しているか、どこまで本気なのかは見えてこない。そもそも、劣勢にあるウクライナの意見を先に聞き、ロシアにそれを提示するということ自体、手順が違っているように見える。
ロシアを弱体化させるため、昨年まで米国と欧州はウクライナに代理戦争をさせてきた。これを推進したグローバルエリート達のレトリックは、「法に基づく国際秩序」を守るため、ロシアを罰するためだとしてきた。金融資産凍結などの経済制裁したが、ロシアはその効果を中和し、戦時体制を敷いた。数十兆円単位の武器・弾薬と資金の支援を行ってきたが、戦況は劣勢のままだ、ウクライナ兵は少なくとも数十万人の死者・重傷者が出た。兵士動員も限界を迎えつつある。常識的に考えれば、この状態で戦闘を続けることはもはや困難と書いてきた。しかし、こうした現実を無視して代理戦争を続けようとするのがグローバルエリート達だ。
代理戦争をリードしてきた主犯格の米国はトランプ政権に交代し、手のひら返しをした。欧州のグローバルエリート達は目を覚ますことなく、これまで以上に好戦的になった。米国の庇護がないかもしれないと認識したとたん、自己防衛反応が強く出ている。
欧州の二つの大戦の発端を振り返ると、「世界大戦」というスケールと比べ、どちらも小さなことだった。なにか一つ間違えれば、何か一つの不測の事態、不運な出来事が生じれば、欧州全体が戦争に巻き込まれる可能性があると考えると、とても恐ろしい。正気を保つ欧州の庶民・国民がグローバルエリート達の動きに「ノー」を突き付けることを願っている。