米マスメディアの報道は、トランプ大統領の一挙手一投足の全てに批判的だ。日本の報道は、現地に駐在員を出していても、米報道のコピペでしかない。日本語で言えば、わけわからない「関税おじさん」といったところ。この見方に甘んじていては、物事の本質はわからないはずだ。
トランプ政権は、浅はかな「思いつき」で政策を実行しているわけではない。周到に考えられた反革命を万全の閣僚陣を作り行っている。次の「反革命」の大きな3つの要素に注目すれば、合点がいくのではないだろうか。
第一は、経済・産業政策。この30年の自由貿易・グローバリズムで、中国が世界の工場となった。一方で、気づいてみれば、米国内の工業基盤は衰退し、鉄、機械、船、薬品、その他生活必需品が自給できない。中国と対立が深まる中で、安全保障上の問題でもある。また、製造業が振るわないということは、社会の中間層が細っていくということでもある。東海岸の官僚、金融そしてメディア、西海岸のハイテック産業とハリウッドからなる、グローバルエリートと、一般サービス業で働く低所得層への二極化が進んだということだ。これに対して、トランプ政権は再工業化により失ったモノづくり基盤を作ろうとしている。また、それによって中間層を大きくしようとしている。
第二は、国内社会に関することだ。「自由」が極端に理念的に追及された結果、性的嗜好 (LGBTQ) のみならず、出生時に与えられた性別も「自由」に選べるという考えが広がり始めた。分別が不完全な未成年に公費の補助で性転換を行う事例も出てきた。この結果、トイレ男女区別の見直し、スポーツの男女区別の問題など、人間の直観に相反する事象が起き始めた。また、人種差別を解消すべき諸制度が、DEI (Diversity, Equity, Inclusion) の名のもと白人男性に対する逆差別に発展した。学校、政府機関、軍隊など多くの組織で人種構成を優先するあまり、能力主義が犠牲になった。なおまた、一千万人以上と言われる不法移民の受け入れもある。適切な入国審査なく、危険人物もまぎれていたので、多くの都市で治安が悪化した。また、善良な人々だとしても、社会保障制度が野放図に引き受ければ、財政の圧迫や医療サービスの混雑につながる。トランプ政権は、これらの行き過ぎたリベラリズムを伝統的な「常識」へ戻そうとしている。
そして第三は、外交・軍事政策だ。1990年代に始まった、ネオコン的軍事介入主義が米国の威信を毀損し続けた。イラク、アフガニスタンの大失敗はもとより、イランやロシアを抑止できなかったことにも明らかに表れている。この背景には産軍複合体の存在が大きい。また、圧倒的な武力を持ち、「必要な時には」それを行使できるということは、基軸通貨とその国際ルールを引き受ける覇権国であることと表裏一体だ。どんなに立派な戦闘機や軍艦を持っていても、効果的な展開ができず、いざという時の紛争で勝てないと周囲から見られれば、米軍はもはや「張り子の虎」でしかない。トランプ政権は、国防省と軍の改革を進める一方で、武器では戦わない戦争、つまり力を背景とはしながらも、外交と通商政策のセットで対中国の有利な姿勢を構築しようとしている。
これらの三つの大きな課題は、オバマとバイデンの通算3期、12年かけて種がまかれ、加速された流れだ。個別に見れば、理想に向かった進歩と考える向きもあろう。しかし、国家戦略全体としては支離滅裂だ。個々の政策自体は理念的であるがゆえ、国内のみならず、国際的にも多くの現状支持者や既得権益者が存在する。それに更に輪をかける要素がレガシー・メディアだ。現状支持者や既得権益者が聞きたいニュースしか報道しなくなってしまった。こうした理由から、流れの慣性は強く、トランプ政権のビジョンを実現するには、10年はかかることだろう。
こうした背景の中で、米国経済の足元はどうなるだろうか?一つの着目点は、来年2026年の中間選挙だ。この選挙戦では何としても共和党が勝たなければならない。それに間にあるタイミングでトランプ政権は、経済面での成果を出すことに躍起になるだろう。また、来年はアメリカ建国250周年の年でもある。選挙前の7月のタイミングで大きなインパクトを出すことを考えているに違いない。
下院を経て上院審議に入った「Big, Beautiful Bill」は、実質的にこれまでの減税を継続するくらいの内容と言われる。現在の経済ハードデータはリセッションの入り口を示唆するものだ。関税政策を予期した購入の前倒し・在庫積上げなどで今年前半の下落傾向が中和されてきたと考えれば、今年後半に向けての景気後退の確率は高い。そのまま、無策で来年を迎えるわけにはいかないので、今年の後半のどこかで景気刺激のための財政出動がされると筆者は予想する。
金融分野では、米国債の借換えが当面の最大の課題だ。今月6月のFOMCでの利下げはなさそうだが、今年後半は25bp X 2回程度の利下げを想定する。市場の流動性については、FRBと財務省の両者ともかなり綿密に目配せをし、必要に応じてQEないしQEとは呼ばないQE相当の施策を行うだろう。こうした施策がどれだけ米国債借換え金利に好影響を与えるかはわからない。現政権の願望は少しでも低利でロールオーバーすることだが、10年債のイールドは上がりこそすれ、年内4.5%近辺から下がることはなさそうに感じる。
株式市場の流れは変わるだろう。昨年までの2年間、好調を続けたが、2025年は調整が入ると予想する。一方で、米国を筆頭に政府負債の膨張に対する通貨への信頼低下は続くことから、金(ゴールド)は中長期的に上昇傾向を続けると見ている。ドル円の為替レートは、短期的には円高ドル安の傾向が鮮明になりつつあるように見える。この傾向は1年程度続くかもしれないが、中長期的に160円を超える円安になると見ている。
内政問題については、不法移民の流入停止や本国送還は進行している。未着手なことは、バイデン大統領が退任間際に行った千人以上の民主党側勢力への事前恩赦 (pre-pardon) への対応だ。そもそも事前恩赦というものが存在するのかさえ、法学的には怪しいところだ。歴史上、ウォーターゲート事件で辞任したニクソン大統領について罪を裁くことなく不問に付したという唯一の例外的前例があるのみだ。来年の選挙に向けて、真相解明などトランプ流のやり方で選挙に利用するだろうと見ている。
外交については、時間がかかりそうだ。不確実性は高いままだ。露ウ戦争は、圧倒的に不利な戦況にもかかわらず、ゼレンスキー政権とEUが強硬な態度を崩さないので、和平協議は進まないだろう。直近の注目ポイントは、トランプ政権が武器・資金援助を継続せず、本当に手を引くかどうかのポイントだ。イスラエルとガザ (ハマス) の問題は、静かにくすぶり続けるだろう。より危険なホットポイントはイランへの対応だ。中東石油の安定供給確保の観点から、米国はイスラエルを徹底的に抑制し、イランへの爆撃などは回避するだろうが、その先の緊張沈静化の道は見えない。
4月に発表されたトランプ関税は、90日の猶予が出され、今は全体としてどこか安堵ムードが漂っている。しかし、トランプの反革命の本番はこれからで、来年2026年末までは相当な波乱を予期し、心の準備をしておくべきだ。