終戦の日 日本人の価値観と安全保障を考える

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 昭和一桁世代の両親は何度も話していた。戦時中の食糧不足で、少ないお米を芋・麦・水分でかさ増してなんとか腹の足しにし、山野の草木・生き物で食べられるものは何でも食べたこと。戦時中に義務教育を修了した伯父は、卒業式を終えたその足のまま帰宅することなく列車に乗り、山形の田舎から川崎の軍需工場に向かった。もう一人の伯父は、義勇軍に志願し満州に渡った。筆者の親世代は子供として戦争を経験した世代だ。それでも、戦争の悲惨さの体験は生々しく、リアルだ。

 終戦から78年。毎年8月は式典があり、テレビ特番があり、日本は敗戦した辛い思い出に浸ることを繰り返してきている。今年はその78回目だ。人間であれば誰しも平和を願うし、戦没者を追悼し、戦争の体験を振り返ることも良かろう。しかし、占領軍GHQによって提案された憲法を筆頭に、日本の非軍事化を最優先した当時の米国の政策を約80年の長きにわたり、いつの頃からか自分たちの手でひたすら忠実に継承してきた今の日本のありかたに大きな疑問もわく。

 World Value Survey という興味深い国際比較データがある。欧米の研究者たちによって1981年以来、5年毎延べ120カ国の18歳以上を対象に行われてきた学術目的の社会調査だ。最新の調査は2017年〜2021年に行われたWave 7と呼ばれるもので、そのデータをもとに電通総研が分析を行い、レポートを公表している。
 
 調査の問151は「戦争になったら進んで自国のために戦うか」。はい、わからない、いいえ、無回答の4種類の回答があるうち、日本の「はい」は13%。比較可能な77カ国のうち数字の低さでダントツの1位だ。低さで続くのはスペイン、リトアニアの約34%。日本と同じ敗戦国ドイツも低い方から数えて13位だが、数字は高く約46%だ。

 日本の「いいえ」はどうか?100%から「はい」13%を引いた残り全部かといえば、そうではない。「いいえ」は約49%で77カ国のトップ5には入るが、スペインの56%などよりは低い。日本のもう一つの数字的な特徴は、言わばどちらでもない「わからない」が38%と高いことであり、これまたダントツなことだ。「わからない」の2位はニュージーランド26%、3位リトアニア20%と続く。(77カ国の比較詳細は前述の電通総研のレポートを参照されたい。)

 日本の近隣諸国に絞り、World Value Survey のデータから作成したグラフが下図になる。参考までにウクライナも加えた。

戦争になったら進んで自国のために戦うか?

World Value Survey https://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp WVS wave 7 (2017-2022): Haerpfer, C., Inglehart, R., Moreno, A., Welzel, C., Kizilova, K., Diez-Medrano J., M. Lagos, P. Norris, E. Ponarin & B. Puranen (eds.). 2022. World Values Survey: Round Seven – Country-Pooled Datafile Version 5.0.0. Madrid, Spain & Vienna, Austria: JD Systems Institute & WVSA Secretariat. doi:10.14281/18241.20 をもとに作成

 この12カ国の中で、「戦争になったら進んで自国のために戦うか」=「はい」が50%を切るのは日本のみだ。隣国と地続きで接している国と海で周囲を囲まれた島国は違う、とよく言われる。フィリピンやインドネシアといった大国はどうかと言えば、それぞれ約78%、88%と高い数字を示している。中国は90%近い数字。そして、調査された77カ国の中でも1位であるベトナムが96%。

 こうしてみると、国民の価値観は、歴史や宗教・文化などの相関で複雑に形成されてきただろうことを改めて感じる。「日本の平和ボケ」という言葉があるが、それを数値化すると、「はい」13%、「わからない」38%、そして「いいえ」49%となるということだ。「いいえ」がわずかに過半数を切るのが絶妙だ。日本全体としてはどうか?と問われたら、なんとも答えようがないのだ。

 日本の「はい」と「いいえ」がどちらであっても、もっと高い数字に傾いているとしたらどうだろうか?周辺国と同じレベルの「はい」比率であれば、それに応じた政策選択がしやすいだろう。また、逆に「いいえ」が世界一ダントツに高いレベルならば、筋金入りの平和国家としてそれなりの政策展開になるだろう。しかし、日本はそのどちらでもない。自衛隊の法的位置付けの問題や安全保障の課題についての議論が深まらない原因でもあり、その結果でもある。

 日本のこのような状況は他国にどのように映るのだろうか?各国個別の安全保障担当にとっては、きわめて好都合に違いない。日本の脅威について心配不要だからだ。このことは、われわれ日本人の日常感覚ともよく一致する。しかし、一方で、安全保障同盟やパートナーシップで安全保障を考える立場には不都合な存在になるだろう。「日本もそろそろ戦場に来て、具体的な役割や貢献をしてくださいよ!」ではなかろうか。お金を出して祈るだけでは、現実に飛来するミサイルや銃弾から兵士の命を守ることができないからだ。

 終戦から78年、特にこの30年で世界の状況は大きく変わった。奇しくも日本の「失われた30年」とも時期が一致するし、無関係でもない。中国とロシア、そして北朝鮮への対応はすぐれて現実的な外交課題だ。自衛隊の他国との共同訓練も増えてきている。しかし、共同訓練だけでは不十分になる時期がやがてくるだろう。現状の政策の延長と継ぎ足しでは、立ち行かない事態が起こる確率を無視すべきではない。その時がもし来たら、日本も腹を決めざるを得ない。そのためには、健全な議論を通して国民の理解を築く努力をいま加速すべきだ。

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