G7サミット直後にスイスで行われたウクライナ平和サミットの前後で様々な動きがあった。「平和」どころではなく、ウクライナの戦争はさらなる泥沼化の道へ進み始めた。米国がリーダー役。そしてNATOヨーロッパ諸国も共犯者としか言いようがない、筆者は、ヨーロッパでの第二次大戦のきっかけが、ドイツのポーランド侵攻であり、援助条約を結んでいた英仏がドイツに宣戦布告したことだったのを思い出した。イギリスとフランスの参戦は、後に「奇妙な戦争」として記録されることになった。
1939年9月1日のドイツ軍のポーランド侵攻に対し、イギリス・フランスはポーランドと相互援助条約を締結していたので、ただちに宣戦布告を行い、第二次世界大戦が開始された。しかし両国とも軍隊の派遣などのポーランドへの軍事支援を行わず静観した。これはネヴィル=チェンバレン内閣が依然として宥和政策に固執しており、ドイツの真意を見誤っていたためである。またヒトラーも、ポーランド作戦の勝利によって英仏を講和に引きずり込もうと考えていた。そのため、ドイツと英仏連合軍は宣戦布告を交わしているにもかかわらず、1940年5月まで半年以上にわたり、交戦がなかった。また、イタリアも漁夫の利を占めようという態度で参戦していなかった。
世界史の窓 奇妙な戦争」
1939年のイギリスは、宥和政策に固執し、ドイツの真意を見誤った。2024年の欧米西側は、ロシアの弱体化に固執し、国際社会をさらに分断させているように筆者には見えてならない。ウクライナの人たちの生命や財産を犠牲としながら、全世界に波及する経済的な損失を引き起こしている。この戦闘で西側が勝つとすれば、緒戦で短期的に勝利することだった。2月に「ロシアのウクライナ侵攻開始から2年 出口は遠のく?」でこの関連について考察した。昨年のウクライナ軍の反転攻勢では、戦局を左右するような大きな成果はなかった。ウクライナは停戦し、妥協があっても和平を模索すべきだ。この先は、全く理屈に合わない「奇妙な戦争」になりつつあるからだ。
「奇妙な」のには3つの側面がある、その一つは、アメリカが未だにあたかも単極 (unipolar) 超大国であるかのように勘違いしたまま、振る舞っていることだ。
90カ国以上が集まったという。ウクライナがここまでせざるを得ないこと自体、そもそもアメリカが仕切っていないことの証左であろう。中国欠席、ロシアは招かれず。参加国からは、ロシアの参加なくして何も決まらないだろうという声が出たという。こういう意見が参加国から出ること自体、すでに失敗である。アメリカは認めたくないだろうが、中国とロシアを入れなければ、何も決まらないのだ。現米政権は、この現実を全く理解していない。バイデン大統領は、平和サミットに参加せず、大統領選の資金集めのため早々と帰国してしまうありさまだ。
「奇妙な」2つ目の側面は、西側の現実遊離感漂う、真剣味に欠く西側支援姿勢とゼレンスキー氏の徹底抗戦姿勢の非対称性だ。
西側の政治家は、ミサイルや戦闘機などのスーパー兵器と資金を提供すればよいと考えている。しかも、遅れ遅れに、小出しになっている。エスカレーションを恐れてのことだとされる。しかし、ウクライナが本質的に不足しているのは兵士だ。50万人以上が死傷したと言われるウクライナの現兵力の平均年齢は43歳だという推測がある。このような状態では、なんとか今を持ち堪えられるかどうかがせいぜいであり、ロシア軍を領土から追い出し、勝利するような力にはならない。その間、ロシアは少しずつウクライナのインフラを破壊し、人が住めない地域が拡大するばかりだ。
「奇妙な」3つ目の側面は、欧米西側が自ら国際ルールを都合のよい時にだけ勝手に変えて、グローバルサウス諸国に不信感を与えていることだ。
ロシアの海外資産の凍結は、グレーゾーンぎりぎりの施策だ。そして、ついにその資産から得られる金融利益をウクライナの戦費に充てるということになった。ロシアからすれば腹に据えかねることだろう。しかし、それを戒めるような国際的枠組みはない。だからと言って、こういうことが前例となることは、西側にとって本当に得なことかどうかは、かなり微妙だ。「ルールに基づく秩序」に対して誰しも不信感を持つだろう。多くの国の中央銀行が金 (ゴールド) の持ち高を一斉に増やし始め、金が空前の高値になっていることは、その現れだ。
ウクライナ平和サミットが開催される前、6月14日にプーチン大統領は、和平交渉条件を発表した。(NHK報道) 東部のドネツク州とルハンシク州、南部のザポリージャ州、ヘルソン州からのウクライナ軍の完全撤退、そしてNATO加盟を断念し、中立国家となることが交渉の条件だ。プーチン大統領は、4州からの撤退があれば即停戦に応じ、詳細を交渉しても良いという姿勢だ。ロシアが4州にこだわるのは、クリミア半島とアゾフ海を完全に自国主権下に置き、黒海への出口を強固にするためだ。
2022年2月のキーウを目指した侵攻の時点でこの帰結を狙ったわけではなかろう。戦況の展開、ロシア系住民の取り込み、そして、17世紀末ピヨートル大帝以来の300年以上の基本政策、黒海への南下政策との整合というストーリーは、プーチン氏としては大義が守られ、国民に対して見栄え良く説明できる落とし所に違いない。
これに対する西側の反応はどうだろうか?オースティン米国防長官もストルテンベルグNATO事務総長も「武力による現状変更は許されない。」の一点張りで提案を一蹴した。プーチン氏提案の「中立国」という点に対しては、アメリカは敢えて180度真逆の方針で、ウクライナNATO加盟実現を10年後を目途とする2国間保障を約束した。 (ホワイトハウス資料) この文書の中の「a just peace」という言葉が際立つ。「公正な和平」、つまり東部4州を失うような和平は不公正だ、という立場のようだ。そして、10年のうちにはウクライナをNATOメンバーに迎え入れるというのだ。
アメリカとNATOはこのようなタカ派的立場をとり、ロシアの神経を逆撫でした上で、会話すらする気がないのだ。交渉のテーブルにつくことは、敗北ではない。ウクライナが破壊され続け、機能麻痺国家になってしまう前に、いまのプーチン氏の腹を探ることは、無益ではない。一方で、ウクライナと西側は、どんな戦闘プランでどれだけの時間でロシア軍を追い出すことができるのか、どれだけの費用がかかるのか、具体的計画はないのだ。だから、平和サミットで90カ国を集め、募金活動をいまさら行なっている。
6月13日、NATO加盟国のハンガリーが興味深い動きをした。(bne INTELLINEWS) ハンガリーは、NATOのウクライナ支援には今後参加しないし、また反対もしない立場をとることをNATOと確認・合意した。NATOの条文では、NATO加盟国の領土外での協力はあくまで自発的な意思によるもののみと明確に規定されている。無計画で奇妙な代理戦争に、ハンガリーはもう付き合わないという意向なのだろう。とても理にかなった決定だ。
ウクライナの戦争は、2008年NATOブカレストサミットでジョージアとウクライナのNATO加盟の方針が出されたことが発端だ。ロシアは、当時から受け入れられないという主張をしている。メキシコがロシアと正式な軍事同盟条約を締結することは、アメリカにとって受け入れられないのと同じ理屈だ。
2014年にアメリカの工作によるマイダン革命で親米政権が誕生した。ロシアは、ただちにクリミアをほぼ無血で併合し、東部のロシア系民族運動の支援を始めた。アメリカは2021年にアフガニスタンから無様な撤退。そして2022年にロシアは首都キーウを目指して進軍。西側は、ロシアとの直接交戦は避け、ウクライナへの軍事支援で対応することにした。ロシアから見れば、代理戦争をしかけられた。
アメリカが盟主である西側が、もし本当に誠意と真剣さをもって支援をした結果、これだけの人身の犠牲と国土の破壊が起きているとしたら、まさに悲劇だ。しかし、もしこの代理戦争でロシアの国際的孤立と消耗をも狙っているとしたら、西側はロシア以上の悪魔だ。
日本の岸田総理は、殺傷能力のない軍備品の提供や戦後復興支援をゼレンスキー大統領に約束したそうだ。浅い考えで、ただアメリカに同調している場合ではない。西側とロシアに板挟みになっているウクライナ。中国・ロシアとアメリカに挟まれた日本。地政学的にまさしく相似の関係だ。そして、お互い強国に挟まれた緩衝国家として、ウクライナの戦争から日本が何を理解し、その教訓をいかに明日に役立てるかが大切だ。