日銀への批判急増「国民生活を考えていない」とは

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 9月22日の東京新聞(オンライ)が同紙らしいシンプルで素直な視点からの記事を掲載している。日銀への批判急増「国民生活を考えていない」この記事によれば、日銀に対する「現行の金融政策への批判」の声がこの6月100件を超えたが、この1年でこの多さは初めてのことなのだそうだ。ちなみに黒田総裁が在職中の3月は23件だった。

(出典 東京新聞オンライン 2023年9月22日)

 消費者物価指数が3%を超えるのは8月時点で12ヶ月連続。1割、2割値上げが当たり前の日用品やエネルギーなどで生活実感としては、もっと高く感じる。春闘賃上げ率3.58%とは言っても、一部の大企業中心の話であり、日本の就業者の7割は中小企業に勤めており、必ずしもこのレベルの賃上げがなされたわけではない。こうした一般生活者の生活水準は下がった。ちょっと旅行と言っても、インバウンド旅行者が戻ってきたことの影響なのかホテル代は高くなった。海外旅行は円安のせいで割高になった。黒田氏本人がいなくなり「言いやすくなった」こと、植田新総裁への期待もあっての100件超えに思える。

 物価の安定や国民生活の厚生を第一に考えるならば、インフレ率が目標の2%を超えたのだから、物価水準を抑えるために金融緩和を終了し、しかるべき引き締め政策に転換しても良いはずである。最近「政府」が言い始めたのは、インフレ率を超える賃上げ率が実現していないので、金融緩和は継続すべきというナラティブだ。「デフレ脱却」という一点に限定すれば、正しいことに聞こえるかもしれない。しかし、インフレ率を超える賃上げ率が健全であり得る条件は、それだけの生産性向上に裏付けられる場合だ。コロナ禍がやっと明け、正常化しつつあるなか、今は決してそうではないことは、明らかだ。日本の「失われた30年」は日本人を貧困化させながら、未だ期間延長中と言える。

 「金融抑圧」という言葉がある。高インフレと人為的低金利で政府債務を実質的に小さくする手法だ。この政策の政治的メリットは、「増税」をせずにインフレによって貨幣の価値を下げ、債務を軽減できることだ。つまり、現預金にあまねく課税していることに等価なことだ。例えれば、100万円の預金があり、金利ゼロでインフレ率3%なら、1年後の100万円は実質で97万円。差額の3万円は国家に取られたことに相当する。

 英国は、第二次大戦後、戦費でGDP比100%規模に膨らんだ政府債務を「金融抑圧」で圧縮を試みたと言われている。しかし、実際には財政歳出削減に大ナタをふるわないまま、「抑圧」を継続し、高インフレ期が長く続いた。賃上げを求める労働者のストライキが多発、社会不安が高まるなか、生産性上昇率は低迷し、国際競争力が低下していった。1970年代の深刻な経済停滞「イギリス病」だ。

 筆者は、日本は結果として「金融抑圧」の入り口に立っているのではないか?と感じる。少なくとも現在は、預金金利はほぼゼロでインフレ率は3%超だからだ。この状態が1年弱続いた時点で、日銀への苦情件数も100件を超え出したということなのだろう。「結果として」と書いた理由は、政府債務を抑制するとい主な目標を政府は掲げているわけではないからだ。外的な主因でインフレ率が高まり、即座に金融引き締め・利上げをすることができないので、成り行きの受け身で「そうなってしまっている」というのが近いのかもしれない。国民が受忍できるなら政府にとっては好都合。一方で、高所得者は少々食費やガソリン代が上がっても全く影響がないが、一般庶民にとっては痛みが大きい。

 では、この「抑圧」は継続可能なのだろうか?現在の国際金融理論的には不可能だ。英国の事例は約80年前に開始したもので、国際的な資本移動の自由度や外国為替市場も今日に比べればかなり硬直的だった。なので、国内での「抑圧」という発想もあった。しかし、今日において同じ政策を試みたとしても、現在の国際金融システム下では、国債は消化されないだけで、通貨安とキャピタル・フライトが加速するだろう。

 しかし、理論的には不可能なことも現実の直近1年においては短期的に「金融抑圧」が成立したことを目撃することには、どこか不思議な感覚を覚えるものだ。一つの大きな要因として考えられるのは、世界経済全体の不安定感と視界不良感ではなかろうか。メジャーな市場はどこも大きな問題が発生中だ。欧州では戦争とエネルギー危機、アメリカではバブリーな株式市場と銀行破綻、中国は不動産債務危機と政治的先鋭化。キャピタル・フライトとは言っても、どこを目的地にするのか難しい。日本の資本はある程度の「囚われの身」の状態であったのかもしれない。

 今後も視界不良が続きそうだ。それにしても、平時でGDP比250%超の政府債務を積み上げた日本は、今後起こりうる様々な変化に対して脆弱だと言わざるを得ない。現状のインフレ率3%+ゼロ金利(預金金利)の水準ですら国民の不満は沸々と蓄積されつつあるように見える。現政権の不人気と無関係ではなかろう。異次元の少子化対策と防衛費増額で支出を増やすと言うが、財源は不明確にしたままだ。「貯蓄から投資へ」という掛け声はあるが、本当に皆がそう行動したら日銀が保有している500兆円あまりの国債残高はどうやってファイナンスすると言うのか。これらの大きな不整合を直視せざるを得ない時期がやがて来るだろう。「ジャパニフィケーション」が「日本病」にならないことを祈るばかりだが、手遅れかもしれない。

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