日本の米ドル換算の名目GDPが今年ドイツを下回って、世界4位になる見通しであると国際通貨基金 (IMF) が予想した。この報道に対して、SNSで一部「ショック」などという受け止めもあったようだ。とんでもない身の程知らず、またドイツに対して失礼なコメントではないか?このニュースはむしろ「もうそのタイミングが来ましたか・・・。」と言うべきものと感じる。
ドイツの立派なところはいくつかある。まず一つ目は、1990年に始まった東西ドイツ統一を成し遂げたことだ。当時、西ドイツは人口6,200万人、東ドイツは1,800万人程度だったと言われている。社会主義陣営にあった東ドイツの生活レベルは、西ドイツと比べかなり低かったようだ。筆者は、東西統一後まだ日が浅い1993年に旧東ドイツ地域を旅行したことがある。街を歩けば、社会主義国的な質素さが色濃く残っていて、ちょっと路地に入るとハトの死骸が道の真ん中に放置されていて、ゾッとしたことを覚えている。
ドイツが東西統一のために費やした費用は、1兆ユーロとも2兆ユーロとも言われている。これだけの大規模な政府支出をしてでも国家として一つになり、そのことが社会の活力を引き上げたに違いない。1993年のドレスデンでは、聖母教会が第二次大戦の空襲で粉々の瓦礫になったその場所、そのままの姿で保存されていた。しかし、数年後には、元の破片も数多く再利用しながら、教会は見事に再建されたのだ。ドレスデンの人たちは、自分たちの教会をいつか復元再建したいという強い気持ちで40年以上の間、瓦礫をそのままにしてきたはずだ。東西統一でそれが経済的にも、政治的にも可能となり、みごと念願を成就させた。
ドイツが立派な点の二つ目は、国家戦略だ。ドイツは日本に比べ、格段に生産性が高い。日本生産性本部の2020年のデータによれば、ドイツの時間当たり労働生産性は76.0ドル、日本は49.5ドルだ。ドイツは、実に日本の1.5倍になっている。ドイツは製造業が強い。自動車産業などの大企業だけでなく、中小企業も繁栄している。ドイツ企業において、ある一定上の幹部はドクターの肩書きを持っていることが多い。他国のPh.Dや博士号とは意味合いが違うようだが、高度な教育を受けた人材が多く実社会に配置され、合理性や戦略性を踏まえた企業経営を広く浸透させることに貢献している。
国家戦略の中で市場と労働力をしっかり確保していることも極めて大きな要素だ。ドイツ国内8,000万人だけでなく、EU全体3億人がドイツにとって非常にアクセスしやすい大きな市場になっている。EUの中で製造業の比較優位は明らかである。もちろん、EU圏外でもドイツ企業の国際ビジネスは積極的だ。そして、ドイツは歴史的に移民を多く受け入れてきた。直近30年間では、おそらく1,000万人程度の移民を受け入れたのだろう。自国民の少子化・人口減少の課題に対して、移民の受け入れを決断した。
このように、ドイツが経済的に成功するのは当然に思える。東西で分断されていた国民が結束し、自分たちの強みである製造業を磨き続け、大きな市場を確保し、労働力も移民の受け入れで確保してきた。そして、これに加えて他の先進国に比べ財政規律をよく守っている。G7諸国を見れば公的債務が軒並み過度に膨張している中、ドイツはGDP比67%程度でダントツに低いレベルだ。昨年来のウクライナ・ロシアの戦争で大きな影響を受けた。それでもなお、エネルギー源の切り替えを成し遂げ、経済的なリジリエンスを示していることは、ドイツの底力を感じるばかりだ。
こうした流れは、日本の「失われた30年」とは対照的だ。産業、市場、労働力によって付加価値を生み出す環境をうまく揃えることができていない。安倍政権下では、やってる感だけの空虚な時間が流れた。何か新たな産業が興るどころか、逆に公的支出に群がる企業が増え、その傾向が変わる兆しは感じられない。市場確保は、TPPなどがあるが、ここのところの世界の分断で環境は悪化している。移民を増やすのではなく、一時的な技術研修生でその場しのぎをするばかりで、低賃金や不当な扱いで国際的な評判を落とした。昨今の円安は、わざわざ日本に来て働く魅力をさらに低下させている。国会は、国家戦略を周到に討議するのではなく、政治家の不始末の足を引っ張ることばかりに時間を費やす場に成り果てた。
ドイツに抜かれて「ショック」を感じている場合ではない。むしろ、目を覚まして、日本の本当の戦略を練る時だ。