FRBと日銀 一年前の予想と今の現実

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 ちょうど昨年の3月米国ではシリコンバレーバンク、シグネチャーバンク、ファースト・リパブリックバンクの3行が相次いで破綻した。FRBの猛スピードの利上げに対応しきれなかった銀行。そして拍車をかけたのが、SNSの情報スピードでかつてなかった素早さで預金引き出しに殺到した預金者だ。米国の市場関係者の中には「それ見た事か!」と言わんばかりのFRB批判を展開する者もいた。

 あれから一年が経った。今週のFOMCでは、5回連続で政策金利の据え置きが決定された。日銀もやっとマイナス金利解除を宣言した。外国為替は円安が進み対ドル151円台後半に差し掛かっている。日米の株価はいずれも史上最高値を更新している。正直、昨年の相次ぐ銀行破綻を目の当たりにした時、2024年の今の状況をイメージできた人などいないだろう。多くの市場関係者やエコノミストは、米国の景気減速、FRBの利下げ、円高(とは言っても130円台程度)を予想していた。この予想と現実の大きなギャップはなぜ生じたのか?

 原因の筆頭は、米国でのフィジカル・ドミナンスだろう。バイデン政権は財政支出の大盤振る舞いをとにかく続けている。表向きの理由はGXや経済安全保障だ。社会保障費などの下げにくい項目をそのままに、財政赤字を出しながらこうした支出を行うのは、インフレ亢進的政策となる。選挙の年であり、11月までは特に好景気感を醸成したいという政治的本音もあるだろう。ウクライナへの武器支援にしても、多くの部分は自国内の軍需産業からの調達に回る。現政権下では、なんだかんだで四半期ごとに1兆ドルの債務を積み上げているという見方もある。莫大な支出規模だ。

 そして、背景的原因として、長年の低金利環境に慣らされてきた(または毒されてきた)市場関係者がいる。彼らは低めの金利でしか仕事をしてきていないので、とにかく金利を戻してほしいというのが直感的な願いだろう。ファイナンスの世界にばかりに住んでいれば、リアルビジネスにも疎くなるだろう。逆イールドカーブを見れば、景気減速の兆候だと考えてしまう。昨年以来のFOMC記者会見でのパウエル議長の実際の発言とその後の受け止めとのギャップも大きいままだ。パウエル議長は慎重にプラスにもマイナスにも言及するのが通例だが、少しでも利下げ要素の言質があれば、それを自分たちの願望に合うように拡大解釈する。会見直後に10年米国債のイールドが30BP, 40BPの幅で急変することが珍しくなくなってきている。

 しかし一方で、米国のあり方には多くの救いもある。FOMC記者会見では、数分の声明文読み上げのあと、30分以上の質疑の時間がとられ、媒体各社記者とのやりとりがライブで配信される。アメリカの質疑は活発だ。そして、市場関係者だけでなく、学者、エコノミストたちが多様な意見を発信できるメインストリーム・メディアやオルタナティブ・メディアが存在する。市場の動きとは離れ、中にはフィジカル・ドミナンスから、「そう簡単に2%のインフレ率には収束しない」とする見方も多い。多様な意見が交わされ、市場が形成される。その意味では健全だと言えるのかもしれない。

 今週はFOMCの前日は、日銀政策決定会議だった。植田総裁は、マイナス金利政策の解除を発表した。昨年4月に総裁に就任した植田氏。一年近くを費やし、慎重に、周到に準備を進めて「異次元」の政策に終止符を打った。昨年に筆者が予想したシナリオの一つでは、この日銀の政策変更は、一時的な円高局面がくるタイミングであった。

 しかし、実際は逆の動きだった。日銀の政策変更とは言っても、「実質何も変わらない」と市場から見透かされている。日経ビジオンラインの「日銀のマイナス金利解除 政策大転換でも保った継続性」というタイトルを見かけた。このタイトルは、滑稽でさえあると感じるのは筆者だけであろうか?大転換とは継続性がないことを指すはずだ。また、昨年末あたりから盛んに宣伝されてきた「賃上げと物価の好循環」というナラティブもとてもいびつだ。経済学にこのような法則はない。「好循環」するための本当の条件は、潜在成長力や生産性の向上であって、これらのことは日銀の政策でどうなることでもない。民間企業と産業政策が主役の領域だ。

 また、今年の春闘回答の高水準にしても、せいぜいこの2年間の物価高をおおまかにカバーしうる程度のもので、これで好況感が生まれるものではなかろう。しかも、大手企業以外の7割の労働人口が就業する中小企業でどれだけ賃上げが浸透するかは、未だ不明だ。それを「見極めた」と表現して政策変更をしているのだから、この後、実際にそうならなかったらとしたら、植田総裁のクレディビリティはどうなると考えているのだろうか?偶然が重なって「まぐれ」でそうなる確率がゼロとは言わないが、理屈に合わないことなので、そうならない確率の方が高いと考えるのが普通だろう。

 「実質何も変わらない」政策変更を矛盾したメッセージで実行せざるを得ない日銀。この「詰み」状況を公に議論されないことに日本の危うさを感じる。戦時経済でもないのにGDPの2.5倍に達するという一般政府債務は、影響が大きい。500兆円ほどの国債が金融機関・保険会社で保有されている。わずかな利上げでも、さっそく資産価値の毀損が発生する。日銀の昨年決算では3兆円の利益だ。金融機関が日銀に預ける500兆円の預金に対し1%の利息、つまり5兆円を支払うにしても、何か他でも稼がなければ赤字となる計算になる。日銀の政策自由度は極めて小さい。

 一年前から日銀の「詰み」状態は同じだ。ただ、一年前の時点では、米国がうまくインフレを克服か、それとも景気減速になれば、インフレ圧力も弱まり、利下げが進むというシナリオもあった。そうなれば、自由度の低い政策でも、なんとか対応できるという願望的シナリオがあったに違いない。しかし、バイデン政権のインフレ亢進的政策は強烈に推進され、少なくとも今年いっぱいは続くだろう。バイデン政権の来年以降の続投の可能性も充分に残っている。この意味では、一年経った今の現実は、日銀にとってあまり嬉しくないシナリオなのだ。

 これからはどうなるだろうか?日本はスタグフレーションの軌道にのったと見ている。日本国内でも、財政赤字継続のインフレ亢進的政策は続けられ、収まる気配さえない。社会保障ニーズは高齢化とともに増える一方だ。インバウンドは盛況だ。しかし、これも飲食、宿泊、交通といっった国内日本人の需要と丸かぶりする分野の需要促進であり、インフレ亢進的と言える。供給力はそう簡単には上がらない。少子化と働き方改革で人手不足はさらに深刻化するだろう。半導体産業の出直し振興は結構だが、資金だけだけではない。人材育成とセットであり、10年はかかるだろう。

 日本は重要な戦略をきちんと議論できず、大切な決断を先延ばしにしてきた。スタグフレーション入りを暗黙のうちに受け入れているようにさえ見える。

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