2023年7月28日、日銀はYCC (イールドカーブ・コントロール) による長期金利の変動運用幅を柔軟化すると発表した。10年国債の目標値0.5%は据え置くものの、上振れ上限値を1%まで容認する。筆者のような素人には難しいメッセージだ。海外の市場関係者から見ても、わかりにくい発表だったようだ。海外の外国為替市場で円レートは一時上へ下への不安定な動きとなったものの、やっと今は141円台に落ち着いている。
発表の趣旨は、金融緩和の粘り強い継続、YCCによる長期金利のコントロール継続。「1%上振れまでは容認」のこころは「1%を超える上昇は許さない」ということで、長期期待インフレ率上昇を予防的に制する狙いがあると言う。海外の市場関係者の中には、これを「賢い」と評価する向きもある。短期的に見れば、差し当たり今の日銀がとれる最善の策であり、そうなのかもしれない。しかし、中長期的な出口は何であろうか?
そもそもYCCを継続することは望ましいことだろうか?現在、海外でYCCを行う中央銀行は他にない。中央銀行はオーバーナイトレート (短期金利) を設定し、それ以外の金利は市場原理に委ねるのが一般的だ。基本的な理由は、「時間の価値」とも言われる金利は、資本の社会的最適配分とウラハラになるもので、市場の情報シグナルにさらされ、市場で決定されるのが社会的厚生を最大化すからだ。
物価コントロールのためのYCCは政策手段として大きな難点がある。市場から何らかの金利上昇圧力が盛り上がった場合、日銀は「買いオペ」で国債を買い続けなければならない。1,000兆円を超える国債発行残高のうち、半分を既に日銀は買い込んだかたちになっているわけで、日銀のバランスシートのさらなる肥大化や、国債の価格形成機能に悪影響が出るとしたら、円の信認を脅かすことになるだろう。
また、YCCのもう一つの観点としては、グローバル金融システムの中での位置付けだ。他の主要国も低金利・金融緩和政策をとってきたこれまでの期間は良い。しかし、現在のように、主要国が金利正常化・引き締め政策に一斉に転じた状態ではどうか?通貨間の金利差を利用するキャリー・トレードなど、日銀の行動を試すような投機的な動きが再び大きく台頭する可能性もある。世界の金融システムの安定化の観点では、波乱要因としてみなされることだろう。
ひるがえって、日本国内の状況はどうだろうか?長年、異次元の緩和を行なっても十分なデフレ脱却ではないと日銀は言う。上場企業は安い資金調達で自社株買いを進め、株価を押し上げている。金融緩和でゾンビ企業が生き残り、採算性の悪い企業活動が温存される。都内の新築マンションの平均価格は1億円を突破したと言われる。その一方で、年収127万円以下の相対的な貧困は国民の6人に1人だと政府は言う。給食がない夏休みに栄養ある食事を十分に取れない子供達がたくさん出ると言う。最低賃金平均が41円増え1,000円台になることがニュースになる。何かのバランスがおかしい。筆者は、こうした「低成長 + 資産価格高騰 + 経済格差拡大」の基礎条件の大きな一つは、今の低金利、異次元の金融緩和であると考える。
日銀ができる金利政策や銀行の信用・流動性の管理監督だけでは、課題は解決しないことは明確だと思われる。その一方で、グローバル化した資本市場に参加していることからくるリスクの大きさは日に日に大きくなっている。
追記 (2023/7/31)
週明け、日本時間の月曜日、さっそくイールドが0.5%を超え0.605%に上昇。日経新聞によると日銀が3,000億円規模の買いオペで残存期間5年超10年以下の国債の買い入れを実施した模様だ。