ゴールド急騰、株高、BANI

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 金(ゴールド)が誰も予想できなかった猛スピードで高騰した年だった。筆者は、Fiat Currencyの価値低下に確信をもち、年率数パーセントで良いから、インフレに負けないだけの安全な資産保全策として、ゴールド現物をある程度購入していた。一年前2,600ドル程度であったものが、史上最高値4,500ドルをつけ、予想外の含み益を生み出した。無論、それは老後の準備にとってはありがたいことではあるが、この異常な価格上昇スピードは「何かがおかしい」と筆者を考えさせる。現在のゴールドは、レバレッジ付の投機マネーにも乗った側面があり、もはや「安全資産」でもあるまい。まさしく「BANIの時代」の現象だ。

 1ドル155円、1ユーロ183円。円安も続いている。筆者は、長期的な円安を想定し続けてきている、そのトレンドの中の手前で、一時的な円高局面が今年訪れるのではないかという淡い期待も持っていた。外貨建て資産をもっと増やしたいと考えているからだ。しかし、短期的な円高局面が訪れる確率はかなり低くなってきたような気がしている。数ある最近の専門家の解説の中で 2026年のドル円相場を占う/「円安ニッポン」と「ドル覇権」の行く末 Pictet Academic Lounge 2025.12.16 は現状の理解という意味で納得感がとても高い。この解説は、必ずしも為替レート予想をするものではない。解説者たちの対談を聞いていて、結局のところ、今後の為替を占う視点として、日米の「実質」金利差がどのような関係になるか?が重要と筆者は理解した。そして、その実質金利差の関係は、両国でのインフレ率の行方、政策金利を含む名目金利の行方に依存する。つまり、何とも「読み」がきかない局面だということだ。

 日本経済の基調はインフレが続くと見ている。正確には、経済学的なインフレ率上昇は鈍化するかもしれないが、物価レベルの高止まりは続き、一般庶民の生活感としては苦しい時期が続きそうだ。いまいま足元で予定されている電気料金への補助やガソリン税の軽減は、対処療法でしかない。そのために紙幣を刷って対応するのだから、基本はインフレ亢進政策だ。そうしているうちに、短期的に世界的な資源・エネルギー価格が下がり、日本での価格レベル低下に貢献する、ということになれば別だ。しかし、世界的な流れでは、資源・エネルギー価格は上昇方向にあるだろう。なので、一時しのぎの対処療法を長期間続けるのか、そしてその結果、財政負担を続けていくのか、が焦点になる。

 日本経済の供給能力の向上・生産性の向上の施策として、高市政権は17の重点投資分野を掲げた。目指す方向としては正しいだろう。しかし、成果が出るのは、(仮に出るとして)少なくとも数年はかかるだろう。そもそも17分野もあるということ自体には、各産業界への政治的なバラマキ発想のにおいも感じる。重点と言うなら、2つ、3つに絞った優先付けをして、もっと時間を短縮することを狙うべきだ。

 17分野のうち、優先すべきは防衛と食糧安全保障の分野だけだ。防衛については、日本の「ものづくり」の強みを活かして、装備品や弾薬を生産することが大切だ。そして、外交政策と連携させ、同盟国・友好国への供給ないし相互供給協定のような関係性を構築すべきだろう。この意味では武器輸出を肯定することになる。今の国際情勢をふまえれば、やむを得ない。また、装備や弾薬を他国に供給できる関係というのは、かなり強い同盟・友好関係を前提とする。日本にとってそのような国が少しでも増えることは、結局は自国の安全保障レベルを向上させることになるだろう。なおまた加えれば、このための法改正が必要なら、現政権は国民的な合意形成のため注力すべきだろうし、現政権の真価も試されることになるだろう。

 もう一つの食糧安全保障の深刻さと重要性は論を待たないだろう。新米価格は依然として高止まり。農家はそんなに儲けていない。だとすれば、流通が儲けていると考えるのが普通である。しかし、現政策は「お米券」配布でお茶を濁している。一方で、農家の高齢化はいよいよ臨界値に近づいている。5年後、10年後の米作は本当に必要供給量を産出できるのか?についてさえ明らかにされているとは言えない。

 17分野の残りの分野については、将来のリターンにつながるような施策になることを祈るばかりだ。しかし、かなり懐疑的に感じてしまう分野もある。例えば、半導体だ。ラピダス対しては、累計で2.9兆円の資金投入が決まっているらしい。巨大すぎて民間ではとれないリスクなので、政府がそのリスクをとる、とのことだ。政府は取るべきではないリスクをとっている、とらされている可能性もあるだろう。ラピダスの筋が悪いところは、後追いであることだ。半導体製造はプロセス技術であり、未知の物性との戦いだ。試行錯誤や経験の積み重ねでしか正解にたどり着けない。本当にラピダスガ、先行する競合会社に追いつくだけのスピードで目的達成できるかどうか、筆者はかなり怪しいと見ている。先行者たちも前進し続けていることを忘れてはならない。どうせなら、次世代半導体とか、別の新しい土俵を創出するようなことをしてほしいものだ。

 財政赤字・国家負債について、高市政権はドーマー条件を論拠にプライマリーバランス重視を転換し、対GDP比率で債務を管理していくとした。名目経済成長率が利子率より高ければ、財政破綻はないと想定している。インフレ経済下では、これはインフレで実質債務を目減りさせることと同義といっても差し支えない。名目所得の購買力が下がり、生活が苦しくなるのは一般庶民だ。また、「破綻しない」のは、政府が円通貨をいくらでも発行できるので、理論的にはそうだが、本当に破綻しないかはその限りではない。ドーマー理論では、債務の供給(発行)だけでその需要を見ていない。実際には、国債の需要、つまり国債を誰がどれだけ買ってくれるのかは常に課題なのだ。米国でさえ、長期国債で借換えを行いたいところ、高金利を避けるため、T-billと呼ばれる1年以下の短期国庫証券の発行量を増やして、資金をつないでいるのが常態化している。このことを見れば、ドーマー条件の要素だけでは足りないことがよくわかる。

 日本は世界有数の対外債権国であり、政府も多くの資産を持っているから、2022年9月英国で起こったトラス・モーメントは起きないとする論者は多い。しかし、国家や政府は企業ではない。国民サービスを維持しながら、処分できる資産など限られているだろう。お金を出すからといって例えば中国政府に買ってもらうわけにもいかない。つまり「誰に」の問題がある。また、日本という国家レベル規模の資産を引き受けられるは、米国かEUくらいだろう。こう考えれば、大丈夫だとするのは詭弁であって、本質から目をそらそうとしているだけだ。本質は、国際金融市場の参加者たちからの信任でしかない。ひとつ間違えれば、円の大暴落、金利急騰、そして、円キャリトレードの急激な巻き戻しという負の連鎖の引き金になりかねない。

 ゴールドは急騰し、日経平均も5万円台を維持している。資産価値は上がっても、上述のようなことを考えているとどこか憂鬱になる。2030年くらいまでは、日本はこうした明とも暗ともつかぬ状態を続けることだろう。危険な砂漠の横断を続けることに例えても良い。同年代の高市首相は、そうした中でカメラの前ではいつも笑顔を絶やさない。きわめて適切な姿勢であり、敬意を払いたい。政権基盤強化のため、来年の解散総選挙を予想する向きも多い。2026年も「BANIの時代」に1ページを加えることになるだろう。

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