2026年3月、中東情勢は臨界点を迎えている。トランプ大統領はSNSで日本や韓国、英仏などの名を挙げ、ホルムズ海峡への艦艇派遣を強く要望した。今週の訪米で高市首相がこの「踏み絵」を前にトランプ氏と対峙する際、携えるべきは目先の政治的妥協ではない。3000年にわたるペルシャ文明の厚みと、日本が120年以上かけて築いてきた独自の信頼に基づいた「賢明なる歴史認識」である。
ペルシャ:「超大国」オスマン帝国に抗い続けた400年
高市首相が認識すべき第一の事実は、イランの底力である。16世紀、アナトリアに君臨したオスマン帝国は、欧州のハプスブルク家を震え上がらせ、地中海の制海権を握る当時世界最強の軍事大国であった。精鋭歩兵イェニチェリと、欧州を圧倒した最新鋭の大砲部隊を擁し、その領土は三大陸に及んだ。
対するペルシャ サファヴィー朝は、火器の普及で遅れをとりながらも、正面衝突を避ける「非対称戦略」でこの巨人に立ち向かった。険峻なザグロス山脈を盾に、敵を内陸へ誘い込んでは補給路を断つ徹底した持久戦を展開し、1639年のズハーブ条約でついにオスマン帝国との国境を固定化させた。この宿命の対峙は、1922年にオスマン帝国が崩壊するまで、実に400年もの長きにわたって続いた。
自国で兵器を賄う「自立」の伝統
こうしたイランの歴史的経験は、現代の彼らの軍事思想に直結しているように見える。彼らは「大国に包囲され、自前で生き残る」ことを国是としてきた。現在、ホルムズの海底に潜む機雷や安価な自爆ドローンは、かつて山岳戦でオスマン軍を翻弄した知恵の現代版と言えよう。米国の「宝石のような高価な兵器」を安価な物量で疲弊させる戦略は、イランが4世紀にわたり超大国と渡り合ってきた「生存のチェス」そのものなのだ。
日露戦争の勝利から「安倍・ハメネイ会談」へ続く信頼
日本とイランの近代史における絆は、1905年の日露戦争に遡る。日本が大国ロシアに勝利したというニュースはイラン知識人を熱狂させ、翌1906年のイラン立憲革命へと結実した。明治維新をモデルに主権を守ろうとした彼らにとって、日本は「憧れの近代化の先駆者」であった。さらに1953年の「日章丸事件」では、世界が英国による封鎖に怯える中、日本だけがリスクを冒して石油を買い付けた。この勇気は、イランにとって「帝国主義に抗うアジアの友」という不滅の信頼の源となった。
この伝統的な信頼関係を土台に、2019年には当時の安倍晋三首相がイランを訪問し、最高指導者ハメネイ師と会談を行っている。米国とイランの緊張が極限に達する中、最高指導者が日本のリーダーと直接会談に応じたという事実は、イラン側が日本を「特別な、裏切らない対話者」と見なしている証左だった。日本が今、米軍のエスコートのために艦艇を出すことは、こうした先人たちが積み上げた「120年越しの対日信頼の貯金」を一気に使い果たすことを意味する。
歴史を経て作られたパイプこそが「出口戦略」の鍵となる
現在、トランプ氏の強い呼びかけにもかかわらず、現時点で艦船派遣を約束した国は一カ国もない。英仏韓といった主要同盟国も、革命防衛隊による非対称攻撃のリスクや各国内の世論を前に、沈黙か慎重な検討に留まっている。
トランプ氏自身も、泥沼化する戦争の中で内心では「出口戦略」を懸命に探しているはずだ。その際、日本が米国の「一部」となってイランと敵対してしまえば、対話の窓口は更に小さくなる。高市首相が示すべき「距離を置く勇気」とは、単なる不参加の表明ではない。アジアにいる日本がイランとの歴史あるパイプを維持し続けることこそが、膠着した戦況を動かす「出口」へと繋がる可能性なのだ。場合によっては、同じくイランと長年濃密な外交関係を持つロシアと日本が協力し、仲立ちをする可能性すら排除できない。それこそが、多極化する世界における真のリーダーシップである。
高市首相への提言
イランの元司令官が警告するように、ただ日本がアメリカの呼びかけに盲従すれば、日本の船舶・艦船も直接の攻撃対象となる。
高市首相はトランプ氏に対し、こう説くべきだ。「日本とペルシャ(イラン)の縁は、正倉院の『白瑠璃碗』が到達した7世紀まで遡る。歴史ある文明国家を武力で屈服させることは不可能であり、日本独特の立ち位置を守ることこそが、米国を救う重要な一手になる」と。歴史の重みを知る者だけが、最悪の意思決定を回避できる。1300年前の瑠璃碗を割らぬための、気概ある外交を期待したい。高市氏が日本を輝かせるチャンスだ。

