21世紀の「盾」と「急所」――アジア版NATOの虚像を超えて

この記事は約3分で読めます。

石破前首相が唱えた「アジア版NATO」という構想がある。かつての冷戦構造を、海に囲まれたこの日本列島に無理やり接ぎ木しようとする、思慮不足なアイディアだ。17世紀以降の歴史の中で欧州がたどりついた集団防衛の論理を、歴史も国同士の距離感も異なる現代のアジアに持ち込むのは、いかにも筋が悪い。問うべきは、借り物の枠組みではなく、日本独自の「自律」をいかに設計するか、だ。

その答えは、時間軸に沿って三層に積み重なる。

第一層:今すぐやるべきこと――海を守る
物理的な盾の再構築は、待ったなしだ。ただし、巨額を投じて大型護衛艦を揃える巨艦主義には疑問が残る。むしろ無数の安価なドローンをEEZ(排他的経済水域)に配備し、広大なシーレーンを面の密度で守る方が、現代の技術環境には合致している。低コストで相手の侵入を拒否する拒否的抑止。高価なプラットフォームを守るための防衛ではなく、実利を守るためのネットワーク。島国日本が今すぐ着手できる、最も現実的な一手だ。また、近隣同盟国と海を守るための装備の標準化、相互供給、共同備蓄の体制を作ることも、抑止力をさらに高める方策だろう。

第二層:5〜10年かけて構築すること――急所を握る
現代の戦争は、ミサイルが飛ぶ前に決着がついている。必要なのは、相手に「日本を敵に回すと自国の経済も立ち行かなくなる」と思わせる急所を握ることだ。
ウクライナ紛争の背後で、ドイツがロシア産ガスへの依存を断ち切れず身動きを封じられた様は、滑稽ですらあった。正義を唱える口元で、相手のエネルギーなしには冬を越せない矛盾。日本も他人事ではない。2024年時点で、対中輸入依存度は22.5%に達し、コンビニのカット野菜から居酒屋の焼き鳥、ラーメンのニンニクに至るまで、生活の五分の一強を隣国に預けている。胃袋を掴まれたまま勇ましく「武力行使」を語るのは、もはや茶番に近い。
しかし数字を品目レベルに絞ると、景色が変わる。2024年時点で、日本の半導体製造装置の対中輸出シェアは初めて5割を超え、53.6%に達した。2019年の24.9%から、わずか5年で倍増した数字だ。中国の半導体産業は、川上の精密機器なしには動かない。総量では日本が握られている。だが急所では、日本が握り返している。
この非対称な相互依存の構造を、意図的に設計し拡張していくこと。半導体製造の川上にある特殊素材や次世代パワー半導体、超精密な産業用ロボット。これらが止まれば、相手のスマートフォンの生産も、EVの生産も滞る。目に見えない、しかし確実に効く抑止力だ。5〜10年の地道な産業政策と輸出管理の組み合わせで、初めて成立する。

第三層:少なくとも20年以上の時間軸で考えること――自律した抑止
さらに踏み込めば、英国の「連続航行抑止(CASD)」には、島国としての合理的な美学すら感じる。核武装した原子力潜水艦を常に一隻、海に潜ませる。他国の思惑や気まぐれな核の傘に身を任せず、自らの生存を自らで担保する覚悟。エマニュエル・トッドが指摘した「自律」の重みだ。この選択肢については別稿で論じた。米国との関係や国内法など、ハードルは天を突くほど高い。だがこの究極のオプションを思考停止で切り捨てるのは、知的な怠慢ではないか。

結び――したたかさの設計図
2026年、私たちは岐路に立っている。法整備という書類仕事で安心を得るフェーズは終わった。今すぐ海を守り、5〜10年かけて急所をさらに強く握り、20年以上の長期計画で自律した抑止力を構想する。敵対を煽るのではなく、相手に慎重さを強いること。相手の強さを認めつつ、その危うさを冷徹に見極める。そんな複眼的なスタンスで隣国と向き合い続ける。それこそが、したたかな「自律した日本」の姿だと信じている。

タイトルとURLをコピーしました