アメリカ帝国の弔鐘:軍産複合体とネオコンが招いた「ユーラシアの要塞」

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信仰としての「民主主義の輸出」

1991年のソ連崩壊後、平和の配当を享受するはずだった世界を呪縛したのは、アメリカのネオコン(新保守主義)と呼ばれる「自由民主主義の普遍性」の信仰であった。彼らは冷戦終結を「歴史の終わり」と見誤り、21世紀初頭の9.11テロを奇貨として、軍事力による「民主主義の移植」という無謀な挑戦へと突き進ませた。

しかし、その理念の裏側には、冷徹な「鉄の三角形」が常にあった。国防省、議会、そして軍需産業――アイゼンハワーがかつて警告した「軍産複合体(Military-Industrial Complex)」だ。ネオコンの理想主義は、軍需産業にとっての「無限の市場」生み出すための、最も洗練されたマーケティング・ツールに過ぎなかった。

「敵」という名の高収益性資産と1991年の致命的な誤選択

1991年、ソ連が崩壊した時、世界の新たな平和を構築していくチャンスがあった。しかし、ワシントンの選択は、ロシアの西側への取り込みではなく、NATOの東方拡大だった。

この拡大を熱狂的に後押ししたのは、リベラルな理想主義者だけではない。ロッキード・マーティンをはじめとする軍需産業のトップたちが、ロビー団体の議長として表舞台に立ち、東欧諸国への武器売却を画策していたのだ。彼らにとって、ロシアが「友人」になることは悪夢でしかなかった。平和は利益を生まないが、緊張は巨額のビジネスを生む。旧ソ連製兵器を捨て、高価な米国製兵器への買い替えを強いるNATOの拡大は、民主主義の輸出という美名の下で行われた史上最大の押し売りであった。

忘れられた預言者の警告:「中・露・イラン」同盟の現出

1997年、中国は「世界の工場」にはまだ程遠い段階であり、ロシアは国内混迷の極みにあった頃、一人の国際政治学者が不気味な予言を遺した。カーター政権で活躍した元大統領補佐官ズビグニュー・ブレジンスキーである。彼はリアリズムの大家として、アメリカが避けるべき「究極の悪夢」を明確に見抜いていた。

それは、共通の不満によって結ばれる中国、ロシア、そしてイランという「反覇権同盟」の現出だ。

ブレジンスキーは、このユーラシアを横断する巨大なブロックを結合させてはならないと警告していた。だが、その後のワシントンを支配したのは、預言者の知恵ではなく、ネオコンたちのゆるぎない教条であった。彼らは「ならず者国家」や「悪の軸」というレッテルを貼り、制裁と孤立という名の棍棒を振り回し続けた。その結果、ロシアの資源、中国の工業力、そしてイランの地政学的チョークポイントへの影響力が結合し、ブレジンスキーの恐れた「大陸の要塞」が完成してしまったのである。

三つの失敗:帝国の終焉を告げる弔鐘へ

今、われわれが目にしているのは、歴史上のあらゆる帝国が辿った「衰退フェーズ」そのものだ。それは、三つの致命的な失敗によって構成されている。

第一は「外交戦略の失敗」だ。敵を分断するのではなく、自ら中露イランを結合させ、封じ込め不可能な巨大ブロックを誕生させてしまった。

第二に「軍事戦略の陳腐化を見逃した失敗」である。軍産複合体が生み出した高価で精密な兵器体系は、現代の電子技術・ソフトウエアによって無力化されつつある。数千ドルの安価な自爆ドローンの群れを恐れ、「力の象徴」であった空母打撃群がホルムズ海峡に近づくことさえ困難となっていることに象徴されている。

そして第三に「帳簿の失敗」だ。2024年には利払い費が国防予算(約8,200億ドル〜9,000億ドル規模)を完全に追い抜き、もはやアメリカは「強力な軍隊を持つ国」というより「軍隊を持つ巨大な借金返済機構」へと変貌を遂げた。急所は、その債券市場だ。アメリカ軍とはまともに戦わずとも、市場金利を上げ、米国債市場を揺るがしさえすれば、それだけで勝利できるようになった。

夢の終わり:リアリズムへの回帰

ネオコンが描いた「一極覇権」の夢は、多極化する世界の荒波の中に消えた。1991年から始まった35年にわたる傲慢な外交・軍事行動は、自らの金庫を空にし、自ら敵を強大化させるという、歴史上類を見ない自滅的な結末につながった。

1997年に賢者が描いたチェス盤の上で、アメリカは自らのチェックメイトへと歩を進めた「夢遊病者」だったのだ。われわれが目撃しているのは、思想と利権が結託した「アメリカ例外主義」の解体過程にすぎない。その後に訪れるのは、道徳を排した「力の均衡」のみが支配する、19世紀的で冷酷なリアリズムの世界だ。そうした状態がわれわれにどんな行き先を用意するのかは、二つの大戦とその結末を思い出せば、容易にわかることだろう。

トランプ大統領は、「軍産複合体」利権と「ネオコン」思想に「ノー」を突き付けた、稀有な大統領だった。「たっだ」というのは、それは昨年までのことだったからだ。そして、イスラエルロビーの影響力によって、トランプ氏は、アメリカ帝国の弔鐘をまさか自らの手で鳴らすことになるとは思っていなかったに違いない。

3月に入ってからのトランプ氏の言動は、虚偽にまみれ、醜悪で、狂気さえ感じることさえある。トランプ氏自身がこの歴史的な皮肉を最も強く、身につまされて感じているのではないのだろうか。

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