詰んだ戦争——ウクライナはイスタンブールへ戻れ

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大統領特使はロシアを口説きにいく

2026年9月5日、トランプ氏の特使、ウィトコフ氏とクシュナー氏がモスクワでプーチン氏と面会し、翌6日、キーウでゼレンスキー氏と面談した。プーチン氏は72時間の攻撃停止を命じ、ゼレンスキー氏も応じた。だが、突破口はなかった。「戦争は続く」と、各紙の見立ては一致している。

トランプ政権は1年半で、2025年8月のアラスカ首脳会談を含め、ウィトコフ氏をモスクワへ8度も送った。対してヨーロッパは、4年半、ロシアへの敵意に態度を振り切ったまま動いていない。前政権のバイデン氏は、選挙戦でゼレンスキー氏をアメリカに呼び、宣伝の道具にして批判を浴びた。トランプ氏は、選挙中から停戦を唱え、ゼレンスキー氏をホワイトハウスに招き、教皇の葬儀では1対1で言葉を交わした。一方を説得し、他方を口説く。アメリカは、戦争を終わらせにいっている。より正確には、ロシアを味方の側へ手繰り寄せにいっている。

そもそも、なぜ戦争は起きたか

ロシア・ウクライナの関係を、例えばアメリカ・メキシコに置き換えるとわかりやすい。陸続きのメキシコが、中国と軍事同盟を結ぶ。中国人民解放軍の武官が、堂々とメキシコを出入りする。アメリカは、これを許すか。許すわけがない。ロシアにとってのウクライナのNATO入りとは、これと同じ話だ。

大国は、自国の玄関先に敵対的な勢力が立つことを、決して許さない。ミアシャイマーシカゴ大教授が繰り返してきた通りである。原因はNATOではなくロシアの帝国的衝動だ、というフーヴァー研究所シニアフェローでソ連・ロシア史の大家コトキン氏の反論も、もっともだ。だが、どちらであれ、玄関先の力学は動く。それが感じ取れないのが、理念を先に立てる思考だ。地図の上でNATOを東へ広げる案を、平気で進める人たち。彼らには、大国と小国の根本的違いがどうにも見えていない。

塹壕と「詰み」になった戦争

よくある説は「ロシアは初め、わずか十数万で攻めた。だから限定的な目標しかなかった」と。正確には、2022年2月の約19万は、占領軍ではない。キーウを一気に落とし、政権を斬首する——数日で片づく、という賭けだった。しかし、それが外れた。

賭けに敗れたロシアは、戦時経済へ移行した。ウクライナに展開する兵は、現在70万を超える。砲弾は西側の3倍の速さで、年産270万発を計画する。対する西側は、カネと在庫を送っただけで、戦時経済には移らなかった。ロシアは本気であり、西側は本気ではない。この非対称が、すべてを決めた。

そして、戦争は「詰み」に至った。ドローンが前線の両側それぞれ25キロを覆い、動くものは人も戦車も砕いてしまう、無人地帯を作っている。突破は、どちらにもできない。第一次大戦の独仏の塹壕とよく似た光景だ。両軍が、ただ削り合う。70万人を注いでも、ロシアは東部を抜き切れない。一方、ロシアを押し返す力は、西側にもない。双方、もう動きようがない。

「宥和は次の侵略を招く」。1938年、ミュンヘンの教訓だ。だが、それは相手が際限なく膨張できるときの話である。ここまで注いで前線が動かない軍は、すでにおのれの限界を露呈している。恐れるべきは、膨張の無限性ではない。詰んだ戦争を、勝てぬ側に、なお戦わせ続けることの不毛だ。

第一次大戦は、塹壕が突破されて終わったのではない。1918年、ドイツが内側から崩れて終わった。前線ではなく、銃後と補給が、ある日ふいに尽きた。この戦争も、同じように終わるだろう。突然、どちらかが戦えなくなって。問いは、どちらが先に崩れるか、だ。西側の供給が細りつつある以上、先に崩れる確率が高いのは、ウクライナのほうである。ならば——崩れてからでは、遅い。

ヨーロッパという障害

和平に最も抵抗しているのは、ロシアではない。ヨーロッパだ。より正確には、英・仏・独。

そもそも、話し合いの道を閉じたのも彼らだった。2022年3月、イスタンブール。停戦の枠組みは、手が届くところにあった。それを、当時のジョンソン英首相が「戦え、支援する」とゼレンスキー氏に言って、停戦会議を潰した。英国一国に、ウクライナを支える力はない。あの勇ましさは、アメリカの意思の代理だったと見るのが自然だろう。同じ頃、全世界に報道されたブチャ惨劇には演出説もあるが、衛星画像は、ロシア支配下の時期に路上の遺体を捉えている。問題は、その本物の悲劇が、交渉の扉を閉じる燃料に使われたことである。

いまも、ヨーロッパは二つの幻想にしがみつく。一つは、軍事の幻想。NATOはウクライナを準加盟国のように扱い、人も情報も出す。だが、ウクライナ東部を取り返す規模の派兵能力はなく、その武器弾薬もない。守る力のない保証は、保証ではない。もう一つは、加盟の幻想。EUにウクライナを入れれば、農業補助金も予算配分も、大きく組み替わる。既得権を持つ国々は、必ず抵抗する。入れる気のない部屋への扉を、開けて見せる。偽善と呼んで、言い過ぎではない。

その縮図がドイツだ。侵攻前、ドイツは西側で最も対話に傾き、武器を渋っていた。ロシアの侵攻直前、ショルツ氏がモスクワへ飛び、「外交は尽きていない」と語った。ところが、2月24日の侵攻から72時間で掌を返した。「時代の転換」を宣言し、1,000億ユーロの国防基金を立て、大戦後初めて戦地へ武器を送るとした。一方で、安いロシア産ガスを断ち、自国の産業を痛めつけ——2026年の成長率見通しは0.6%、政府は40億ユーロで2,200社の電気代を肩代わりする始末だ。それでいて、侵攻初期段階での戦車供与は延々と遅れ、ウクライナを決定的に武装させることなどできなかった。レトリックだけが、現実の先を走った。

ドイツのメルケル元首相は後に、こう認めている。ミンスク合意は、ウクライナが力を蓄えるための時間稼ぎだった、と。対話そのものが、後から見れば方便だった。

そして、抵抗する当のE3の首脳は、いまは足元が崩れている。英国のスターマー氏は2026年6月に辞め、総選挙を経ないバーナム氏が継いだ。ドイツのメルツ氏は戦後最も不人気とされ、フランスのマクロン氏は慢性的な政治危機の中にいる。ウクライナの運命という、最も重い決定を引き延ばしているのは、自国民すら束ねられない指導者たちである。彼らは、ウクライナの名において語る。だが、あの声は、誰のものなのか。

筆者は先に、EUを「国民なき民主主義」と評した。小分けした分野ごとに個別最適を積み上げる「線形の機械」が、すべての分野が入り組み、からむ危機をさばけずにいる、と。ウクライナ交渉のE3は、その各論主義が、最も高い舞台で噴き出した姿だ。

大局を読め

大東亜戦争末期の日本を思い出す。当時の日本は、目先の戦局にばかり気を取られ、盤面の全体を見失った。英米という覇権国が連合し、頼みのドイツは1945年5月に降伏した。その3カ月前のヤルタでは、ソ連の対日参戦が、密かに約されていた。当の日本は、そのソ連に和平の仲介を期待していたのだから、盤面の読み違いというほかない。日本は、8月まで戦い続け、最も大きな代償を払った。

いまの盤面は、どうか。西側はロシアを制裁していると言う。だが、ロシアの背後には、中国、北朝鮮、イランがいる。北朝鮮は兵を送り、イランはドローンを供給し、中国は経済の生命線を握る。孤立しているのは、はたして、どちらか。

アメリカは、この盤面を読み替えつつある。かつてブレジンスキー元米大統領補佐官は、ユーラシアに覇権国を作らせぬため、ロシアを弱く抑え、ウクライナを引き剥がせと説いた。この封じ込めを、いま捨てようとしている。晩年のキッシンジャー元米国務長官が説いた逆——ロシアを取り込み、中国を締める。冷戦期の三角外交の裏返しだ。8度のモスクワ通いも、アラスカ会談も、2025年11月の国家安全保障戦略も、その180度転換の兆しだろう。むろん、露中の結びつきは深く、簡単に剥がれはしない。願望と戦略は、分けて語らねばならない。それでも、対立を固める方向に、賢さはない。

日本にとっても、これは他人事ではない。長い目で見れば、ロシアとの関係は、良くしておくに越したことはない。ならば、ウクライナの戦争が終わり、西側でのロシアの悪魔化が下火になることは、そのまま日本の長期的な利益に適う。

結論 ゼレンスキーはイスタンブールへ戻れ

ゼレンスキー氏は、最初にイスタンブールへ向かった、あの初心に還るべきだ。選挙で正統性を回復し、選ばれた指導者のもとで、交渉のテーブルに着く。NATO非加盟と中立を呑む。ロシアの条件を多く受け入れざるを得ないだろう。それでも、国が丸ごと亡ぶよりは、ましだ。仲介できるのは、結局、アメリカしかいない。

第一次大戦も、誰かが望んで始めたわけではなかった。疑心と同盟の連鎖が、望まぬ戦争へ、皆を運んだ。とすれば、この戦争もまた、宿命ではない。宿命でないなら、いまからでも降りられる。

「門戸を開けたまま」というヨーロッパの姿勢は、誠実さではない。決められないことの、言い換えだ。そして、その先送りの代償を払うのは、決めている当人ではなく、前線のウクライナ人である。理念は、人の暮らしより先を歩きすぎてはいけない。半歩先を照らせば灯になるが、二歩も三歩も先へ行けば、人は光を見失う。戦争は、もう詰んでいる。問われているのは、勇ましさではない。それを直視する冷徹さだ。

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