慶應大の土居丈朗教授が、内閣府の「骨太の方針2026」経済財政試算を批判する論考を東洋経済オンラインに寄せた。内閣府は、成長戦略の投資効果が発現すれば、追加財政支出のもとでも債務残高対GDP比が187%から170%へ安定的に低下するとし、高市首相はこれをもって「経済成長と財政の持続可能性の双方が実現できる」と胸を張った、という。
土居教授の手法は端正だ。公表資料のPDFに物差しを当て、内閣府が非公表とした金利前提を逆算してみせた。結果、2040年度には予算制約式上の金利が約4%に達する想定であること、しかもこれが2026年1月試算の成長移行ケースとほぼ同水準であることを暴いた。国債をさらに増発するのに金利想定が変わらない。「都合のいい試算」という指摘は正当である。さらに金利が0.5%上振れるだけで、債務GDP比は2033年度に反転上昇する。名目成長率が0.5%下回っても同じことが起きる。モデルは極めて脆い。
しかし、ここに真面目な経済学者の限界がある。土居教授の感度分析は「金利を外から動かし、他の変数は一定として、結果を見る」という構造をとっている。現実には、日本は債務残高が高いので、金利が上がれば、利払い費膨張→国債増発→中央銀行による買い支え→通貨下落→インフレ加速。こうした連鎖の途中で、中央銀行や市場の期待が金利上昇を引き起こす。すべてが内生的に連動するシステムである。金利は外生変数ではない。また同様に、成長率もインフレ率もそうだ。レイ・ダリオが繰り返し指摘するように、金融政策と財政政策はもはや独立した二本のレバーではなく、ひとつのシステムの表と裏だ。この相互連動を記述する言語を、現代のマクロ経済学は持っていない。
日銀は6月に利上げしつつ国債買入テーパリングを一時停止した。引き締めと緩和の同時進行。政策金利1%でコアCPIが3%超なら実質金利はマイナス2%のまま。これで「正常化」とは呼べない。しかしこれは日本だけの矛盾ではない。米国でも、FRBが利上げバイアスを示しながらバランスシート縮小を大幅に減速させ、財務省は短期債の大量発行と買い戻しオペで市場に流動性を注入し続けている。中央銀行が蛇口を絞るそぶりを見せる裏で、財務省が別の蛇口を開けている。先進国の財政・金融運営は、もはや教科書のどの章にも収まらない領域に入っている。
また、もっと根本的な問いがある。骨太の方針は17戦略分野に官民370兆円超の投資を掲げる。政府が音頭を取って民間投資を促進する、と言う。しかし17分野への均等配分ではないにせよ、防衛からAI、造船、食料まで並べれば、どうしてもバラマキ感が拭えない。AI・半導体に集中すればよいとは言わないが、米国で議論されている投資規模と比べれば、桁が二つ違う。年度別の支出計画も示されず、官と民の負担割合も不明。事実、本日の日経平均もTOPIXも、骨太の方針を材料としては全く織り込んでいないように見える。
しかも、本当に競争力のある事業であれば、政府の号令がなくとも世界中から資本が集まる時代だ。SpaceXは、IPOと社債であっという間に18兆円を調達した。最近報道されたサムスンの半導体巨額投資約105兆円も、世界市場で勝つ決意とリスクテイクが先にある。政府予算が必要だという時点で、その「投資」は市場の評価を経たわけではないものだ。
日本の現実に起きてほしくないのは、財政支出に「群がる」構造だ。補助金がなければ成立しない事業が延命され、本来淘汰されるべき企業が「戦略分野」の看板で存続する可能性がある。クールジャパン基金、ラピダス、再エネFIT。日本はこのパターンを繰り返してきている。そして370兆円の成果が出なかったとき、責任者はもういないという構造。内閣府の試算はこの財政支出が成長を生む前提で描かれている。土居教授は金利前提の甘さを指摘したが、成長前提そのものの脆弱性はさらに深刻ではなかろうか。
債務GDP比が名目値で187%から170%に「改善」したとしても、それがインフレによる名目GDPの膨張で達成されたなら、国民の実質的な豊かさは何も変わらない。テレビや半導体は安くなっても、住居も食料も教育も医療も時間も高くなり続ける。経済学は両者を混ぜて「物価」と呼び、「効用」という便利な言葉で覆い隠す。技術進歩で増産できるものに対して、人間の時間や人間しかできないサービス、またゴールドのように、簡単には増やせないものが存在する。国家のビジョンには、本来こうしたことの整理と合意形成が必要なはずだ。
真面目な経済学者ほど的を射ない。彼らが不誠実だからではない。使っている道具が、資本規制と固定為替の時代に作られ、閉鎖経済の均衡を前提とし、流動性のグローバルな奔流を想定していないからだ。「骨太の方針」という言葉も、使われ始めて久しいが、希望がわくビジョンや哲学がない数字上の試算でしかない。
その空白を埋めるのが骨太どころか小骨ばかりの政策であることが、いまの日本の根本課題である。
