映画『ブラックホーク・ダウン』には、軽装備の米軍が反政府勢力に包囲され、身動きできなくなり、重装甲のパキスタン軍に救出される場面がある。1993年、ソマリアの首都モガディシュでの出来事だ。あれから30年余り、似た構図が中東で繰り返されている。ただし今回、助けを求めているのは米国ではない。米国の同盟国たちである。
発端は昨年9月、ドーハでのハマス幹部殺害だった。カタールという米国の重要な同盟国の主権を、当の同盟国であるイスラエルが踏みにじった。この事件は、カタールが、イスラエルとハマスの交渉を仲介していた真最中のことだった。米国すら「事前警告が遅すぎた」と不快感を漏らした。この一件は、湾岸諸国に「ワシントンの傘は当てにならない」という感覚を決定的に植え付けた。サウジ・パキスタン間の戦略的相互防衛協定が、その8日後に署名されたのは偶然ではないだろう。
以来、パキスタン軍のサウジ展開は明確な抑止のシグナルとして機能してきたように見える。実際に動いた兵力は決して小さくない。兵員は8,000から13,000人規模、JF-17戦闘機やドローン部隊、中国製の防空システムまでもがサウジ領内に持ち込まれた。イランがサウジに対して手荒な真似をすれば、この協定が発動されうる。核保有国パキスタンの存在そのものが、無言の警告として作用する構図だ。
筆者は、3月25日の記事で、トランプ政権が持ち出した「パキスタン仲介案」について、空虚なプロパガンダに終わるだろうと書いた。仲介には必ず対価が要る。だが米国には、パキスタンを口説き落とすだけの「外交キャッシュ」は持ち合わせていない、と見立てたからだ。
予想通り、米国は資金を渡さなかった。だが、他にもパキスタンを動かしたい国があった。4月11日、サウジの財務相がイスラマバードを訪れ、50億ドルの財政支援を確約した。翌日には13,000人規模の部隊がサウジ東部の空軍基地に到着している。米国が払わなかった金銭的対価を湾岸の産油国が肩代わりした格好だ。IMFに何度も頼ってきた慢性的な債務国が、財政再建ではなく軍事プレゼンスと引き換えに資金を得る。核という、他の誰にも売れない商品を持つ国だからこそ成立する取引だろう。
そして先般、米国はイランとの間でひとまずMOUに署名した。軍事的選択肢を使い果たした米国の次善の策であり、米国側の大きな譲歩を含む書面だ。この米国の後退が生んだ隙間に、核保有国パキスタンが滑り込む。表向きは新たな「力の均衡」に見えなくもない。しかし、これで地域が安定に向かうとは思えない。
なぜなら、パキスタンという役者は、あまりに多くの利害を同時に抱えているからだ。イランとは歴史的に近しい。湾岸諸国のカネは喉から手が出るほど欲しい。イスラエルには、批判的な立場を長年崩さない。この三つは、いずれ必ずどこかで衝突する。摩擦の火種は、減るどころか増えていく構造にしか見えない。
そしてもう一点ある。見過ごせないのが核の連鎖反応だ。イランの周辺には、すでにイスラエルとパキスタンという二つの核保有国が存在してきた。米国の安全保障の傘が揺らぎ、代わりに関与を始めたのが「核を持つ隣人」パキスタンだとすれば、イランがそこから引き出す結論は一つしかないだろう。核を持たない限り、自国の安全は誰にも保証されない、と。
戦闘抑止のための協定が、皮肉にも新たな核拡散の呼び水になる。モガディシュに配備されていた戦車は米兵を救ったが、今回パキスタンの核の傘は、果たして誰を救うことになるのか。あるいは、中東情勢をさらに不安定にするものになるのか。イスラエルとレバノン・ヒズボラの対立については、トルコが以前から不快感を示している。これ以上、関与する国が増えないことを祈っている。
