6月15日から17日、フランス・エヴィアン=レ=バンでG7首脳会合が開かれた。共同コミュニケは2年連続で見送り。代わりに出てきたのは、地政学、経済成長、重要鉱物、デジタル安全、がん対策など9本のバラバラの声明である。一枚の絵が描けないからモザイクにした。たまたま、今回は合意がなかったのではない。大きな合意はもはやし得ない構造、理由があるのだと筆者は考える。
議長国フランスのマクロンは、グローバル経済の不均衡を最重点テーマに据えた。「中国は生産しすぎ、米国は消費しすぎ、欧州は投資が少なすぎ」。知的には対称的で美しい。だが中国はこの会議に席がなく、米国は聞く耳を持たず、欧州の投資不足は自分たちの構造問題である。診断はあるが処方箋がない。経済成長声明では「経常黒字国は内需を強化すべき」と書かれた。同じ文言を何十年も読んできた気がする。結局、不均衡の監視はIMFとOECDに委ねられた。監視だけでは問題は解決し得ない。
対ロ・対中政策では矛盾がさらに鮮明だった。ロシアへの制裁強化を謳いながら、その論拠は「トランプ大統領がホルムズ海峡を再開するディールを成し遂げたから」である。欧州の対ロ政策が米国の対イラン政策の従属変数になっている。中国に対しては「非市場的政策」を批判しつつ名指しを避け、議論はG20に送られた。ロシアに厳しく、中国にも厳しく、でも経済は維持する。この方程式に解はないだろう。
そもそもG7は機能しうるのか。1975年のランブイエで生まれたこの枠組みは、先進民主主義国が経済問題を協調して解決するための場だった。前提は「世界の中で自分たちが優位な地位にある」「経済が主戦場」。今、その前提はすべて崩れている。そしてより根本的な問題がある。トランプのアメリカと欧州は、もはや何を守りたいかが違う。方法論の対立ではなく、目的の不一致。G7は価値観同盟ですらなくなった。
声明に署名した欧州の首脳たちの足元も危うい。マクロンの支持率は18%、スターマーは21%、メルツは23%。先進民主主義国の指導者の中で、最低水準の3人がG7の欧州メンバーである。来年のフランス大統領選では右派勢力が勝つ可能性が高いとされる。成果文書は「期限切れ間近の署名者による、拘束力のない宣言」という性格を帯びる。
欧州には、もうひとつ構造的な問題がある。各国政府、E3(英仏独)、EU、NATO、G7。同じ問題を5つの層が同時に扱い、いずれも実効的に機能していない。G7がロシア制裁強化を宣言したまさにその週に、EUのコスタ議長府がクレムリンと独自に対話チャンネルを開いていたとFTが報じた。公式声明と裏チャンネルが同時進行する。各層が自己の存在理由を証明するために声明を出し続け、実行力は分散し、責任は曖昧になる。
この屋上屋は、単なる非効率ではない。ウクライナへの支援を見れば明らかだ。欧州各国が少しずつ、EUが少しずつ、NATOが少しずつ。支援を足し上げても、ウクライナが領土を取り戻せる規模には届かない。しかし「見捨てた」とは言えないから、支援を止める政治的決断もできない。負けない程度に支え、勝てる規模は出せない。プーチンのウクライナ「生き殺し」戦略と、欧州の中途半端なウクライナ支援は、意図せず共犯関係にある。ウクライナだけが消耗し続ける構造が固定化されている。
G7は51年前のランブイエで設計された。日本から出席したのは三木武夫首相だった。平和を前提に、経済を中心に、価値観を共有する国々が協調する場として。その前提のすべてが失われた。エヴィアンの9本の声明は、設計寿命を過ぎた機関による、とてもお寒い成果なのだ。
